ウクライナ戦争と経済(2)アメリカと西側の金融制裁は効いているのか?

ロシアに対してアメリカおよび西側諸国が行っている金融制裁は、本当に効いているのだろうか。その後に生じたロシア経済の諸指標の悪化を見れば、それなりに効いているといえる。それでは、これが長期になったらどうなのか。そしてまた、予想外の副作用が隠れているということはないのか。

ウォールストリート紙3月1日付に掲載された「西側諸国の制裁はロシア経済を損傷している。ただし、予想外のリスクを引き起こすかもしれない」との記事は、どちらかといえば、ウクライナ侵攻以前に想定されていたよりも、経済制裁は効いているというものだ。ロシアはクリミア併合で部分的な経済制裁を受けて以降、海外からの影響を抑制する政策を進めてきた。対外債務も少なく、また、国内の財政赤字も多くない。しかし、世界との貿易は続けているので、ルーブルの価値が20%以上も下落したのはかなり痛いのである。

とはいえ、同記事は「制裁が想定されていたより破壊的となったが、それが最終的に生み出す結果は明瞭ではない。ロシアという巨大な経済を排除したことで、金融システムから突然思わぬ作用が生じるかもしれない」とも述べている。また、イランやベネズエラに対する経済制裁が、必ずしも効果を上げたとはいえず、両国はさらに強硬になった。同じことがロシアにも起きないとはいえないというわけだ。

例によってシニックなのが、ジ・エコノミスト3月2日付の「経済摩擦の新しい時代」で、「西側はロシアに破滅的な制裁を加えている。そこに含まれる意味は大きい」とのサブタイトルを付けているように、これからしだいに明らかになると思われる副作用、あるいは想定外の事態に焦点をあてている。効いた、効いたといって、喜んでいられないのではないかというわけである。

では、どれくらい効いたのか。西側諸国が2月26日に「ルビコン川を渡って以降」、西側の企業がロシアの銀行と取引することが非合法化された(ただし、エネルギーの取引は例外)。グローバルな決算システムからロシアを排除することで、国境を超える資金の流れは封じられたわけである。また、ロシアの中央銀行にも制裁を科すことで、6億3000万ドルにまで積みあがっていた外貨準備を使えなくした。これらのことでルーブルの信用はあらかた蒸発してしまい、20%以上もの価値下落を生じ、これはインフレとなってロシア国民への圧力となっているという(ここらへんはウォールストリート紙と同じだ)。

これに対してプーチン大統領は、天然ガスの流れをストップすることを含む対抗策をとることになったが、さらに驚くべきことに、1945年以降使われたことのない核兵器を持ち出して、西側を威嚇することまでしている。制裁合戦の行き着く隘路は、制裁に対する制裁、さらにその制裁に対する制裁と、果てしなく繰り返されることだ。すでにロシアそして中国は、こうした事態を予測していて、西側の金融システムからしだいに離脱を始めていたと同誌は指摘している。「これは1930年代に経済制裁を受けた国々がアウタルキー(独立経済圏)の確立に向かったことを思い出させる」。

とくに独裁的なリーダー(プーチンや習近平)たちはいま神経質になっていて、彼らの国は、20兆ドルにおよぶ世界の外貨準備と国有資産の、2分の1にも相当する自国資産が凍結されることを恐れている。たとえば、中国はサプライチェーンを封鎖することで西側諸国を苦しめることができるかもしれないが、台湾有事に乗り出したりすれば、西側は中国が持つ3.3兆ドルの外貨準備を凍結してしまうだろう。それを回避するために、中国はすでに西側を中心とした金融システムから距離をおく動きを加速させている。ウクライナ戦争が顕在化させた、こうした経済の細分化は「いまや不可避となりつつある」と同誌は断じている。

もう少し世界の報道を眺めれば、フィナンシャルタイムズ3月3日付は、ロシアが仮想通貨を使って制裁を回避するのをEUは防ぐと報じている。話題性のある報道だが、仮想通貨がいかに膨張しているとはいえ、世界金融の規模からすれば、それほどの効果は望めないのではないのか。また、ウォールストリート2月28日付は、こうした金融制裁には多くの抜け道があると、ほかでもない、JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOが指摘している記事を掲載している。ただし、どういう方法なのか明かさないところが興味深い。いずれにせよ、金融機関や金融ジャーナリズムは自分たちの取り分が減るような制裁には、本音では賛成したくないことが透けて見える。

前出のジ・エコノミストは、これから始まるのは既存のシステムによらない国際決済の方法の開発であると示唆している。「これからの10年間を通じて、金融テクノロジーの発展は、西側のバンクシステムを通過しない、決済システムのネットワークを可能にしてしまうのではないか」。それどころか、いまですらそうした秘密のシステムが、すでに存在している可能性は高いだろう。

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