ジェイソン・ステイサムの暗く鈍い輝き;『キャッシュトラック』の「悪役」が魅せる

『キャッシュトラック』(2021・ガイ・リッチー監督)

映画評論家・内海陽子

 人間と同じように、映画にも観ていて“手のかかる”ものがある。もちろん、ストレートで手のかからないものをわたしは好むが、ときによっては“手のかかり具合”を楽しむこともできる。それは鑑賞する側に余裕があるとき、同じ場面を角度や見る者の視点を替えて何度か見せられてもイライラせずにいられるときだ。頻繁にそんな気分にはさせられないが、本作にはけっこう乗せられてしまう。それは、ジェイソン・ステイサムが演じる主人公の意図がはっきりしているからだろう。役柄に余分な感情を持ち込まないステイサムのスタイルが、今回、うまく機能している。

 ロサンゼルスの警備会社フォルティコ・セキュリティ社に警備員として入社したヒル(ジェイソン・ステイサム)は、まもなく現金輸送車強盗に遭遇、仲間の警備員を守り、敵を全滅させて名を上げる。入社試験はぎりぎりで通ったのに「生きるか死ぬかの瀬戸際で集中力が出た」と言う彼は寡黙で謎めいている。“悪霊”のイメージをまとうヒルの目的は、現金輸送車強盗の一味に無残に殺された息子の仇討だということがわかってくる。そもそも彼は別の強盗団のボスだということもわかる。それがわかるシーンは、唐突でちょっとユーモラスだ。ここロサンゼルスは、現金輸送車強盗団以外にも犯罪組織がごまんとある、ということが明らかになる。物語の視界がだんだん広がっていく。

 ヒルは警備員というかたちで個人的“潜入捜査”を行っているのである。残忍な強盗一味の犯行には、内部の人間がかかわっているに違いないと確信したからだ。その人間をあぶりだすために警備員仲間をじっくり調べることも怠らない。紅一点の女性警備員の素性を調べるための行動も、『007』シリーズのような観客サービスにはならず、ニコリともしないのがジェイソン・ステイサム流だ。ヒルは表の世界をのびのび歩ける善人ではないが、我々は彼が思い込んだのなら、それを完遂させてやりたいと願うようになる。

 原作はフランス映画だそうだ。シルベスター・スタローンやブルース・ウィリスの後を継ぐアクションスターとして安定した地位を築いたジェイソン・ステイサムには、暗く鈍い輝きがあり、フィルムノワールのヒーローがよく似合う。対する悪役は(ほとんど全員悪人のようなものだが)派手なところをスコット・イーストウッドが担う。かつては甘いマスクの優男だったが、このところ次第にタフな役どころに挑戦するようになり、今回は、ひげ面になって目元に傷をほどこし、父親のクリント・イーストウッドのマカロニウエスタン時代を彷彿させる、野卑な雰囲気を醸し出す。たちの悪い山猫のような雰囲気だ。

 わたしのひいきの“オヤジ格”は、リーアム・ニーソン主演『ファイナル・プラン』で善人のFBI捜査官役でいい味を見せたジェフリー・ドノヴァン。アフガニスタンに派遣された元兵士たちの鬱憤をはらすべく組織された強盗団のリーダーで、独特の憂愁の表情がフィルムノワールの悪役にふさわしい。弱点はいささか冷徹さを欠くところで、人間観察の甘さが自らを窮地に陥れることになるが、どことなくそれを予知している気配が漂うのもわるくない。欲に駆られた人間がたどり着くのは虚しさだと知っている。

 冒頭で触れたように、ガイ・リッチー監督は観ていて“手のかかる”映画づくりが得意だが、それは個々の人間に対する彼の執着心の表れでもあり、今回は、それが個々の俳優に対する良きこだわりとなって功を奏したようだ。決着を付けた後に残された莫大な金に目もくれずに去って行く主人公は、これから先、強烈な虚しさに向き合うことになる。もはや現金輸送車強盗団のボスとしての道はなく、あらゆる悪事への興味も失せ、善人にでもなるしかなくなりそうだ。ひょっとすると『ファイナル・プラン』の主人公が冗談で誘われたように、FBI 捜査官としてスカウトされ、いやいや善人になる宿命かもしれない。

◎2021年10月8日より公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

 

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