俺はまだ夢の途中だぁ~!:草彅剛の持ち味満喫

『台風家族』(2019・市川昌秀監督)

 映画評論家・内海陽子

 現実の台風は困りものだが、虚構世界の台風には無条件にわくわくする。ましてや訳あり一家が両親の葬儀といいながら偽りの葬儀を行う最中に襲来する台風だから、なおさら胸が躍る。なぜ偽りの葬儀なのか。10年間、消息不明の両親の財産を分けようと誰かが言い出したからである。そもそも“遺産相続”というのはきれいごとですむはずがなく、家族の醜さがむき出しになるものだが、さて『台風家族』の場合はどうなるだろう。

 鈴木家の長男・小鉄(草彅剛)は、妻の美代子(尾野真千子)、娘のユズキ(甲田まひる)とともに実家に帰って来た。かつて葬儀社を営んでいた父の一鉄(藤竜也)は、10年前、何を思ったか銀行から2千万円を強奪し、母(榊原るみ)とともに金ぴかの霊柩車に乗って失踪したきりだ。長女の麗奈(MEGUMI)も次男の京介(新井浩文)もひどい目に遭ったが、長男の自分が最もひどい目に遭ったと小鉄は思っている。スター俳優めざしてがんばっていたのに、夢はぶち壊しだ。妻子のためにも、自分が一番多く財産をもらわなければ。

 やや遅れてやって来た長女と次男は、そんな兄の魂胆を見すかしていたかのように冷ややかに対応する。大学に進学させてもらった長女と次男に対して、小鉄は、自分は大学に行かず、家業を手伝わされたと苦労を訴えるが、長女も次男も、小鉄が勉強嫌いで身勝手な夢を追っていただけだと指摘して一歩も譲らない。小鉄は思わず叫んでしまう。「俺はまだ夢の途中だぁ~!」。

 なかなか来ない三男の千尋(中村倫也)に先んじて、安っぽい金髪に染めた若造(若葉竜也)がやって来て、彼が今の麗奈の交際相手とわかる。見た目ほど不真面目ではなさそうだが、生活力は皆無だとわかる。麗奈の離婚歴を知っていきり立つ彼を巻きこんで口論はえんえんと続き、事態は収束不能の状態に陥る。とはいえ、画面の底からふつふつとおかしみが噴き出し、映画だから当然なのだけれど、のどかな演芸会を見ているような気にさせられる。

 矢のように飛び交う言葉のなかで、わたしの胸をズキンとさせたのは「これ(相続問題)は感情のハナシではありません、法律のハナシです」と小鉄が得意げに言ってのけたときだ。法律と口にすればその場が治まるとは誰も思っていないだろうが、法律と口にすることで、その問題がいかに感情の問題であるかがくっきりしてきて、これがむやみに楽しい。脚本を書いた市川昌秀監督もこの文句を気に入っているようで、次男にも同じことを言わせるし、後でやって来る銀行の元支店長(相島一之)にも同じことを言わせる。2千万円を強奪されたことで降格になった、元支店長の発言には呪詛の念がこもっていて、楽しさをいっそうあおるのである。

 バトルに疲れた一同と観客の目の保養とでも言うべきシーンは、小鉄の部屋に貼られた外国映画のポスターだ。『大脱走』(1963・ジョン・スタージェス監督)、『ハスラー』(1961・ロバート・ロッセン監督)、『暴力脱獄』(1967・スチュアート・ローゼンバーグ監督)……。小鉄はスティーブ・マックイーンとポール・ニューマンに憧れた、ごく当たりまえの映画少年だったのだ。そしてスターになった小鉄の、ファンへの感謝の言葉がつづられた色紙のみほんまで見つかる。実際に日本映画界、演劇界のスターになっている草彅剛だが、こういうシーンがいやみにならないのが彼の持ち味であり、美点である。

 演技陣はそれぞれに持ち場をよく守り、心をあわせて草彅剛を盛り立てるが、やはり最も貢献するのは新井浩文である。口論するシーンや格闘するシーンはむろんのこと安定感があるが、たとえば呆気にとられて立ち尽くすシーンなど、演技陣全員の後ろ盾であるかのようにしなやかに存在する。彼が誰かの陰に隠れそうになると、ついその顔を探してしまう。小鉄の叔父貴のような貫禄と雰囲気がある。

 やがて一家そろってキャンプ場へ行ったときの写真から、母の誕生日の話になり、海が好きな母のためにキャンプ場から海をめざしたが、なぜか行けなかったという話になる。「そうか、あのときも、台風が来たんだ!」。 風雨が強まる中、現在は閉鎖されてしまったキャンプ場をめざした彼らの行く手に待ち受けるものは、さてなんだろう。

 醜態をさらす父親とおじさん、おばさんを侮蔑のまなざしで見つめていたユズキは、父親の過去の情熱を知り、自分への愛情を知り、たった一日でじわじわと変貌する。彼女を軸にあらためて映画全体を見直すと、非常にスタンダードな家族愛の物語であることがわかる。ユズキが二階の窓越しに迫りくる台風の気配を感じとるシーンなど、クラシックな日本映画の情緒が感じられる。しょうもない大人たちだけど、わたしはこの一家の一員であり、この一家の血を継いで生きて行くのだ、という意思が仄見える。

 詳しくは書けないが、藤竜也と榊原るみが力まずに演じる老いた夫婦の姿が、キュートなファンタジーのように挿入され、その内容とはうらはらに素晴らしい後味を残す。藤竜也が発する「あ、ごめん」という一言は、滑稽でありながら妻への愛情にあふれ、子供たちへの思いにあふれる。その思いをしっかり受け止めたに違いない孫のユズキが、相変わらず欲深い大人たちを罵倒しながら大きく笑う。わたしは鈴木家と一緒に最良の旅をした気分だ。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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