女は被害者ではなく加害者がふさわしい;『私がやりました』の魅惑的なアジテーション

『私がやりました』(2023・フランソワ・オゾン監督)

 映画評論家・内海陽子

 一般の世界ですら、若い娘はいけ好かないオヤジから身を守るのに苦労するのだから、美と才能が売り物の世界に打って出ようとする新人女優にとって、オヤジどもは日々直面するやっかいな存在だろう。売り物には買い手が必要で、その筆頭というべき老獪なプロデューサーにえげつない関係を迫られたら、新人女優が抵抗するのは非常に難しく、古今東西、状況はまるで変わらない。相手の言うことを聞かず、自分の思いを貫くという手はないものだろうか。この映画が提起するのは犯罪、あっさり相手を殺してしまうことだ。こんな過激なことを言うのだからむろんコメディーで、四方八方に念入りな皮肉が効いている。

1935年のパリ。ほうほうのていでプロデューサーから逃げ出したマドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)は、もはや女優人生に見込みはないと意気消沈。まもなくプロデューサーが射殺されたとわかり、真っ先にマドレーヌが容疑者になった。しかし彼女には心強い同居人のポーリーヌ(レベッカ・マルデール)がいる。少壮弁護士のポーリーヌは一計を案じ、マドレーヌは正当防衛でプロデューサーを殺したという話をでっちあげる。マドレーヌの美貌とはかなさが際立つお涙ちょうだい式の答弁を用意し、男性ばかりの陪審員の同情を買おうという作戦だ。これがよくできた舞台劇のように展開される。

 世の中には、いけ好かないオヤジが多いが、ちょろいオヤジも多い。なんとも愉快なことに、最もちょろいオヤジが判事のギュスターブ(ファブリス・ルキーニ)だとわかり、ポーリーヌは彼を巧みに操って、事態を思い通りに運んでしまう。若く美しく、まだ社会的権力を持ち合わせないマドレーヌとポーリーヌだが、またたくうちに注目の的になり、安アパートを脱出、豪勢な館で、小間使いにかしずかれて暮らすことになる。こんなに何もかもうまく行ってしまっていいのだろうか。

 と観客が思い始めたころ、真打登場。「じつは私がやりました」と無声映画時代のスター女優、オデット(イザベル・ユペール)が乗り込んでくる。犯してもいない罪を盗むことによって、社会的地位と富を手にしたマドレーヌとポーリーヌは泥棒である、真犯人は私であるから、二人が手にしたものは私のもの、真犯人の私に返せと言うのである。ちょっと変な理屈だなとは思うものの、その心理はよくわかる。イザベル・ユペールという年齢不詳の大女優がとぼけた理屈を振りかざす姿が実に楽しく、彼女がポーリーヌに秋波を送る様子や、それと知ってはにかむポーリーヌの様子が新たな伏線になって、物語はさらにおとぼけ度を上げていく。

 そもそもフランソワ・オゾン監督は社会性の強いテーマを取り上げることで知られ、人間心理の奥底を鋭く、ミステリアスに突くことで注目されている。しかしときどき軽妙な物語を放ち、わたしはこの軽妙なラインが好きだ。特に今回は彼の“意地悪ばあさん”度が快調で好ましい。いけ好かないオヤジ軍団とでもいうか、プロデューサーや判事以外にも、アパートの家主や建築家、検事など、俗っぽく卑劣な輩が続々登場し、彼らはことごとく、ポーリーヌにやり込められるか、墓穴を掘るかして、男を下げる。若い男も同様で、富豪の道楽息子もジャーナリストも、未来は“オヤジ軍団”であるとほのめかされる。

 男たちは頼るべき存在ではなく、懐柔し、指導すべき存在であり、決して油断してはならない相手だ。プロデューサーの死で思わぬ利益を得た建築家から大金を引き出そうと、マドレーヌが彼に接近するシーンがある。それこそ単純な色仕掛けだが、彼は「妻を愛している」と言って彼女に指一本触れようとしない。「珍しい男がいるわね」とマドレーヌとポーリーヌは驚くが、なんのことはない、彼は殺される危険を感じてそれを回避しただけで、いずれ馬脚をあらわすことになる。マドレーヌとポーリーヌの驚きもおとぼけだろう。

 女は被害者であってはならない。女は加害者になることをいとわず、積極的に男に仕返しをし、ことと次第によっては裁かれることもいとわないという覚悟を持つ必要がある。つまり、この映画はたいそうなアジテーションになっている。うっかり真に受けることはできないが、真に受けてことごとく吉と出たら、それはそれで素晴らしい。意地悪ばあさんのウィンクはなかなか底力がある。

●2023年11月3日より公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

 

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