体全体で感じる音楽の喜び;『CODA あいのうた』の家族たち

『CODA あいのうた』(2021・シアン・ヘダー監督)

 映画評論家・内海陽子

 ちょっと小粒のいい映画がアメリカでリメイクされると、配役で気を引く大味な映画に変貌することがある。ほとんどはオリジナルのほうに軍配が上がるが、この『CODA あいのうた』は、オリジナルのフランス映画『エール!』(2014・エリック・ラルティゴ監督)より踏み込みが深くメリハリがあり、ひとりの少女の成長物語として堂々の仕上がりになった。おそらく『エール!』に惚れ込んだ製作陣が、農村を舞台にした『エール!』のややのどかなノリにやきもきし、不満な点を抽出し、丁寧に再構築した結果だろう。感動のポイントは押さえられており、オリジナルへの敬意がきちんと感じられて好ましい。

 海辺の町の高校生ルビー(エミリア・ジョーンズ)はCODA(耳の不自由な親と暮らす健聴者)で、漁業を営む両親と、同じく聾者の兄を支える日々を過ごしている。家族を大事にする明るいしっかり者だが、ときどき憂いの表情を見せる。それというのも彼女は音楽好きだが家では音楽の話はできず、フラストレーションがたまる一方なのだ。気になる男子を追うように学校の合唱部に入ったルビーは、顧問の教師ヴィラロボス(エウヘニオ・デルベス)に歌の才能を見出され、ボストンのバークリー音楽大学への進学を勧められる。しかし両親は彼女の歌の才能を信じようとしない。

 それどころか、漁船の操業のためには通訳をする娘の協力が不可欠で、娘が自分たちを置いて町の外へ出ていくことなど想像もしていない。裕福ならさほど問題にならないだろうが、聾者ゆえに魚の値段の交渉もままならず、生活はけっしてラクではない。音楽を大音量で聴く(感じる)のが好きなパパ(トロイ・コッツァー)は少し心動かされているようだが、愛情深いママ(マーリー・マトリン)はルビーを子ども扱いして大反対である。

 この映画では、家業を漁業にしたことが画面に生き生きした緊張感をもたらし、ルビーの表情に活力を与える。演じるエミリア・ジョーンズはやや心もとない思春期の少女のたたずまいを崩さず、見事な歌唱との対比をあでやかに表現する。牧畜の仕事を描く『エール!』では、牛の世話に明け暮れるもののチーズの製造工程はなく、パパが町長選挙に打って出るという“真剣な遊び”も中途半端で、しばしばヒロインの輪郭がぼやけてしまっていた。『CODA』では、ルビー不在のまま出漁した漁船が沿岸警備隊の警告を受けるシーンと、ルビーとデュエットの相手マイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)の飛び込みデートシーンが交互に描かれ、日常の危機と歓喜を同時進行させて盛り上げる。

 細かいところでは、ルビーは家族が聾者だということのほかに、話し声が変だと言われてコンプレックスを持っていた点が加えられ、幼いころから彼女の肩にのしかかっていた重圧が具体的に感じ取れる。両親は下ネタも辞さないおおらかな性格に設定され、ママ役を『愛は静けさの中に』(1986・ランダ・ヘインズ監督)でアカデミー賞主演女優賞を獲得したマーリー・マトリンが演じているのがゴージャスだ。パパ役のトロイ・コッツァーもマトリンと同じく実際の聾者で、漁師ならではの荒っぽいしぐさや発言(ルビーの通訳が入る)をさかんに見せるのがユーモラスで心地よい。

 さらに兄レオ(ダニエル・デュラント)が妹に持つ複雑な感情がほどよく的確に描かれる。おそらく嫉妬の感情を覚えた時機もあったと思われるが、彼は好漢に成長し、妹を束縛する両親の姿勢に異議を唱える。それは彼のプライドでもあるということが観客にも痛いほど伝わるのがこの映画のすぐれたところだ。レオがルビーの親友と恋仲になっていく過程がことのほか微笑ましく、描かれない二人の未来が祝福されたものであることが容易に想像できる。

 まことに風変わりでチャーミングな音楽教師のヴィラロボスこと“V先生”が、隠れていた新しい才能を発見し、内心で息せき切っている様子も、オリジナルより強調されている。何より感動的なのは「大音量で音楽を聴くことのできる」パパが「俺のために歌ってくれるか?」と娘に頼むシーンで、彼が娘の歌を聴くシーンはしみじみとする名場面になっている。これはオリジナルとそっくりなのだが、また違う“親子”による違う感動をもたらす。ルビーの音楽の才能は、きっと父譲りなのだろう。そのこともまた本作がより鮮明に打ち出して、映画の幸福感をいやがうえにも高めている。

◎2022年1月21日より公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

 

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