現代によみがえる四人姉妹;『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019・グレタ・ガーウィグ監督)

 映画評論家・内海陽子

 世の中には『若草物語』も『赤毛のアン』も知らない男性がいて、途方に暮れることがある。知らないのはかまわないが、たいていは「どういう物語ですか」という興味すら示さない。はっきりした自我を持つ女子に想像力が働かないのだ。もはや交信不能と諦めるしかないが、なんだか物語がかわいそうになる。よく知られた物語というのは多くの人に愛され、反芻されて生きてきたので、いかなる時代にあっても現代的だ。『若草物語』の場合、映画化されるたびに、第一級の現代っ子である女優が主人公ジョーを演じている。現代に生きている者は見逃してはならないのだ。

 ルイザ・メイ・オルコット原作「若草物語」の最新映画化である『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』は、物書きを志すジョー(シアーシャ・ローナン)の激しい感情が冒頭から突きつけられる。四人姉妹の成長の記録は回想形式で描かれ、ポイントはあくまでジョーの書き続ける意欲である。彼女を囲む姉妹の中では、特に四女エイミー(フローレンス・ピュー)が目を引く。裕福な隣人ローリー(ティモシー・シャラメ)をはさんでのジョーとエイミーの対立が、繊細で明瞭でサスペンス十分である。幼なじみの恋とその後のありがちな展開が、特別にひりひりする物語に仕上がっている。

 かつてキャサリン・ヘプバーンがさっそうと演じたジョーは、ボーイッシュな魅力にあふれ、見上げるような大人であった。そしていかにも物語の人物であった。『つぐない』(2008・ジョー・ライト監督)の難しい少女の役で脚光を浴びたシアーシャ・ローナンは、今回、ものを書く女性の“微熱感”をじんわり伝えてくる。彼女が抱く焦りや怒り、諦観は黙っていても雄弁だ。彼女自身は野暮ったいと思っている重ね着ファッションも美しく、いま、まさに生きて呼吸している。物語の中の人物になることに抗っている。

 三女ベス(エリザ・スカントン)が重い病にかかり、ニューヨークでの文章修業から故郷に戻ったジョーを母(ローラ・ダーン)と姉のメグ(エマ・ワトソン)が迎える。ジョーが懐かしい我が家でさまざまな回想にふける中、ベスの病状は悪化する。四女エイミーは大叔母(メリル・ストリープ)とヨーロッパを旅行中で、姉ジョーに振られて自棄になっているローリーに出くわす。家族を支えるために金持ちの御曹司との結婚をもくろむエイミーは、自分の感情に溺れてだらしなく生きているローリーが我慢ならない。彼が甘えてくれば、姉の代わりと思っているのではないかと腹が立つ。だが腹が立つというのは思いがある証拠で、今回のエイミーはジョーと同じように、いま、まさに生きている。

 ジョーがローリーのプロポーズを断るシーンは中盤で描かれるが、別れの言葉とは裏腹にローリーへの未練あふれるジョーの表情が素晴しく、知的な女性の苦悩がまことにあわれである。断ったそばから後悔し、母にその気持ちを明かすが、これは物語を語ることに対する妥協で、モデルであるオルコット自身は、きっと自分の中に秘め続けたであろう。ローリーとエイミーの結婚を知った後の動揺を必死に隠して祝福するジョーを、その複雑に昂揚した心理を、シアーシャ・ローナンは可憐な花が揺さぶられるように演じる。真情を書き綴った手紙を秘密の郵便受けに入れるシーン、それを取り出すために急ぐシーンは悲しいが、きっと彼女は正しい。なぜなら、エイミーと結婚した途端、ローリーはいかにも凡庸な男に変貌するからだ。そしてエイミーの賢さは、男の凡庸さを見抜いていることにある。

 冒頭でジョーに恥をかかせた出版社社長に「若草物語」の第一章を持ち込んだ後の、社長との著作権をめぐるジョーの駆け引きはきわめて具体的でクレバーで、胸がすく。「物語にはロマンスが必要だ」という社長の意見に従って、物語の中の自分自身に結婚と言うオチを与えたということが強調されるのも念入りだ。オルコット自身は独身だったせいか、どうやら、グレタ・ガーウィグ監督はこの点を強調せずにはいられなかったようだ。そのせいか『ハリー・ポッター』シリーズで有名なエマ・ワトソンが演じる長女メグは、いささか精彩に欠ける。おそらく現代においては家庭と子育てを選ぶ女性を魅力的に描くことそのものが難しいのだろう。

 ジョーという存在は長い時間をかけて大勢の人間に注視され、磨き上げられてきた。しかしこの先もきっとジョーによく似た女性にとって困難な状況はなくならない。だからこそ「若草物語」は何度も映画化される。いまはこの作品がベストだ。

◎6月12日より全国公開中

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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