あったかく鼻の奥がつんとする;『星屑の町』の懐かしさ

『映画 星屑の町』(2019・杉山泰一監督)

 映画評論家・内海陽子

 わたしだけではないと思うが、つまらない演劇を観るのは、つまらない映画を観るよりはるかに苦労する。その逆に、おもしろい演劇を観るのは、おもしろい映画を観るよりはるかに昂揚する。かつて演劇の舞台をいろいろ観る機会があったが、長いこと信頼して見続けたひとつが、水谷龍二原作「星屑の町」シリーズである。

 舞台のメンバーの中に、映画で馴染みになっていた俳優のでんでんと渡辺哲を見出し、わたしは異様に興奮した。たとえば写真でしか知らなかった相手に会い、その人が想像以上に洒脱で人間味のあることを知ったような喜びである。それ以降は、ご両人が映画やテレビに登場する際にも特別な存在に感じられ、善人役はむろんのこと、憎らしい役を演じるときにも目を細めることになった。

「星屑の町」シリーズは、地方営業でしのぐムード歌謡コーラスグループ「山田修とハローナイツ」が、行く先々で小さなトラブルを起こしてはなんとかおさめるまでを描く人情コメディ。初の映画化となる今回は、総勢6人が修の故郷である東北の町の青年団主催のショーに出演する姿を描く。修(小宮孝泰)の弟・英二(菅原大吉)は地元で家業を継ぎ、兄を快く思っていないが、実行係の息子のためにやむなく世話人を務める。息子が恋する娘・愛(のん)は、かつて歌手を夢見て失敗したが諦めきれず、「ハローナイツ」に入れてくれと意欲満々に迫ってくる。

 試しに歌わせてみれば、思わず拍手する気のいいメンバーもいて、愛の入団の可能性が高まるが、息子の恋心を知る英二は水を差す。本番までの間にも宿泊先やスナックで、ハローナイツがマイクを握り、懐かしい昭和歌謡を次々に披露する。上手いのはボーカルの天野(太平サブロー)だけ、あとはおっさんたちの素人並みのバックコーラスで、口パクと噂される輩もおり、その様子がなんともあったかく鼻の奥がつんとする。その町が自分の故郷であるかのような錯覚を覚える。

 この役のために歌唱力を鍛えたのんは、思っていたより映画映えする。そもそも『海月姫』(2014・川村泰祐監督)でクラゲ好きのオタク女子をひょうきんに演じた実績の持ち主であり、ブランクを感じさせない。彼女が「ピンキーとキラーズ」の「恋の季節」を歌い始めると、十代のころさかんにこの歌を口ずさんだわたしなどはベルトコンベアーに乗せられたように味方になる。心なしか、おっさんたちのコーラスも勢いづいているようだ。

 もうひとり、「ハローナイツ」とは腐れ縁の歌手、キティ役で戸田恵子が登場して美声を披露するが、とても前座歌手とは思えない貫録である。貫録はあるものの、うらぶれた稼業だと承知している様子を、無理なく機嫌よく織り込んで見せる。そしてちょっとくすんだ気持ちを公演先の小学校の非常階段で愛に語る。階段の錆びた手すりが彼女の心持ちをよく表して独特の情緒がにじみ出る。

 さて、愛の念願叶って「愛&ハローナイツ」として新装開店したグループは、あっという間に売れっ子になるのだが、わたしにはどうも誰かの初夢のようにしか思えない。薄グリーンのワンピースが素晴らしく似合うのんが、シャボン玉が飛ぶ中でメンバーとともに歌い踊るシーンなど、それこそシャボン玉がはじけるように消えてしまう夢のようだ。

 さらに気になるのは、わたしにとっては長年連れ添ったような存在のメンバーが、映画の中で少しちんまりして見えることだ。コーラス担当の5人は酸いも甘いもかみ分けて、愛が入れば愛を引き立て、キティが彼女に代わればキティを引き立て、再びボーカルの天野が戻れば彼をも歓迎し、なんだか人がよすぎるのである。もっといえば覇気が感じられないのである。

 これはわたしのないものねだりで「覇気なんて言葉は俺たちには似合わねえよ」と西やん(でんでん)に軽くいなされそうである。それなら言い直そう。次の機会には5人にもっと無鉄砲に遊んでもらいたいのだ。そのためにも昭和歌謡を愛する全国の皆さまに、ぜひともスクリーンで「ハローナイツ」の艶姿に接して盛り上げていただきたい。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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