相手を「発見」し続ける喜び:終ってしまうのが惜しく感じられる

『アイネクライネナハトムジーク』(2019・今泉力哉監督)

 映画評論家・内海陽子

 今春公開されて大ヒットした『愛がなんだ』も記憶に新しい今泉力哉監督が、またしても原作ものを手がけた。原作者は人気作家の伊坂幸太郎で、今回は彼の御指名だそうだから、いくぶん萎縮するのではないか、あるいは違う野心が芽生えるのではないかと危惧したが、うれしいことにどちらもはずれた。このたびも今泉力哉らしく、主人公もそれ以外の人物も輪郭がくっきりした群像ドラマになった。『愛がなんだ』にくらべればまろやかな語り口だが、それでも安易なハッピー感覚を持ち込まないところが骨っぽい。

 冒頭、仙台駅前のペデストリアンデッキが映し出されると、ついつい周囲の目立つビルに目が行く。それは、画面の中心でアンケート調査を行っている佐藤(三浦春馬)がなんだかぼんくらに見えるからである。ぼんくらといっても、彼はちょっとした二枚目だから間抜けには見えず、場合によっては興味を持つ女子もいるかもしれないが、この場所では無理だろう。人々はみんなほかに目的がある。

 と思っていたら、けっこう可愛い女子が立ち止まってアンケートに答えてくれる。それが紗季(多部未華子)で、「立ってる仕事って大変ですよね」と彼をねぎらう。彼女は就職活動中とのことで、へっぴり腰でアンケート調査を行っている佐藤になんらかの同情を覚えたのだろう。まだふたりにはわからないが、これがこの映画における、ふたりの最初の“出会い”である。

 佐藤はこんなにすてきな“出会い”をしたにもかかわらず、その自覚がない。紗季とつきあうようになり、いっしょに暮らすようになってからも、そのことを深く考えてみたことがなかった。そして10年後にも、佐藤と紗季はつきあっている。つきあって10年も経ち、しゃれたレストランで高級なディナーをとっているが、空気はよどんでいる。

 ここに来たのには理由がありそうだが、はっきりしない佐藤を見る紗季の眼はやや冷たく光っている。あげくが、佐藤はあまりに場違いな時と場所を選んで彼女にプロポーズしてしまい、なにか鬱屈を抱えていた紗季は、しばらく実家へ帰ることになってしまう。

 この10年後の佐藤と紗季の部分は、実は、原作小説にはない。恋する者がタイミングを逸したらどうすればいいのだろう。これはもう、自分の中にある感動を探り当てるしかないのだ。別れの後、駅前からバスに乗る紗季を見かけた佐藤はバスを追いかけてひたすら走る。佐藤が走る姿はいい。彼を走らせるために一度は失恋させたのか、と思わせるほどいい。そしてようやくバスに追いついて紗季が彼に目を向けたとき、彼はほかの大事なことに気づいて、ふと立ち止まってしまう。

 ここで紗季にバトンが渡されたことがわかる。紗季はここで“発見”するのだ。相手への不満を貯めこむばかりでなく、自分だけが知っている相手の癖やしぐさ、美点をすくいあげること。ほら、いま見た一件によく似たことが前にもあったではないか、そんな彼をいいなと思ったではないか、ずっと一緒にいたいと思ったではないか。そんな彼をこれからも発見していけばいい。彼女はきっとそう思ったに違いない。

 この10年の間には、次のようなエピソードが挿入されている。佐藤は美人妻と二人の子を持つ親友の一真(矢本悠馬)の家庭に遊びに行き、「出会いがなくて」と軽く口にしたところ、一真の説教を食らう。「出会いってなんだ」「出会い方とかそういうのはどうでもいいんだよ」「後になって、『あの時、あそこにいたのが彼女で本当に良かった』って幸運に感謝できるようなのが、一番幸せなんだよ」。このセリフは原作にもあるが、演じる矢本悠馬のやんちゃな口調と勢いがすてきだ。

 物語は順を追って流れているわけではなく、こうした多くのエピソードが「入れ子」のように複雑に組み合わされている。この作品を見る者は、その複雑さにつき合わされることになるのだが、それがなんとも言えずここちよく、楽しいダンスを見ているような気持ちになる。エンディングを迎えると、もう終わってしまうのかと残念になるほどだ。こういうところに今泉監督の力量が存分に示されている。

 終わってから反芻すると、次々と出てきたエピソードが個々にふくらむ。たとえば美容師の美奈子(貫地谷しほり)と、店の常連客の香澄(MEGUMI)とのなにげない会話、そこから繋がっていくボクシングヘビー級の世界戦でチャンピオンに挑む男、ウィンストン小野(成田瑛基)の栄光と没落、そしてそこからの復活も、同じように10年間の物語として輝き始める。

 この映画は“出会い”によって人が人を発見する歓びばかりでなく、長い時間をかけてさらに互いに発見を重ねていくことの必要性と歓びをじわりと浮き彫りにする。ペデストリアンデッキで10年間、変わらぬ姿のミュージシャン(こだまたいち)が歌う朴訥なテーマ曲が腹の底にしみるのを感じると、好きな人と無性に手を繋ぎたくなる。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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