TPPの現在(5)歯止めのない譲歩へ

【おことわり】9月23日19:08配信のANNによると、署名は遅れる見通しとのこと。この記事には影響がないので、どうぞお読みください。遅れる理由は正式文書が整わないなどといっているそうだが、トランプが突然追加要求をしてきたか、あるいは、あんまり日本側の譲歩がひどすぎるので、これは調整が難しいということになったのかもしれない(最後に24日の追記をつけたので、1度読んだかたも再読してください)。

 9月25日には「TPP越え」の日米FTAが調印される。安倍晋三政権が成立してから、自民党という政党は、アメリカがらみの事案にかんして、いくらでも国民を裏切ってもよいと考えている政党だと分かったが、今回の「TAG」すなわち「日米貿易交渉」すなわち「日米FTA」ではとことん、その実践編を見せられた。

 すでに、TPP反対派は当然のこととして、TPP賛成派だった論者たちですら、今回の日米FTAについて「こんな日米FTAはいらない」と憤慨している。それも、アメリカの自動車関税2.5%が撤廃されないと分かっただけでそうだったのである。加えて、アメリカの農産物輸入の条件は、もともとのTPP12並みになるというのであるから、これは交渉の明らかな大敗北だった。

 ところが、そのうえアメリカ側の自動車部品関税の撤廃もなく、そして、牛肉についてはなんと約24万トンの低関税枠を設定するという話にいたっては、もう言葉がない。「なんで茂木敏充氏が外務大臣になれたの」と呆れるしかない。安倍首相という人は、甘利明氏にたいする姿勢もそうだったが、アメリカを相手にボロ負け交渉をして帰ってきた政治家が、好きで好きでたまらないらしい。

 この24万トンについては、自らの憤激を抑えるために、新聞を引用することにするが、こんなことをよく平気で客観的に原稿に書けるもんだなあ、と本当に感心する。
「日本政府は9月末の署名を目指す米国との貿易交渉で米国産牛肉に低関税の輸入枠を設ける。初年度は現在の輸入量の9割にあたる約24万トン。この枠内なら関税分を含むセーフガード(緊急輸入制限)を同時に設定し、国内畜産農家への影響をやわらげる」(日本経済新聞 2019年9月20日付)

 今回の日米貿易交渉のなかで、アメリカのための新しい牛肉枠組みを作らされたらしいと暗示させたのは、8月20日に自民党農林族の大物で国対委員長をやっている森山裕議員が、唐突にセーフガードを話題にしたときだった。これも新聞から引用する。森山氏は同日に茂木担当相と会談したが、険しい顔をして出てきたという。

「森山氏は会談後、記者団に『牛肉の緊急輸入制限措置(セーフガード)をどうするかが非常に難しい課題』と述べ、米国産牛肉の扱いが今後の交渉の焦点との見方を示した。昨年9月の日米共同声明を念頭に『原則はしっかり守らないと政治が信頼を失う。そういうことのない形で交渉するように(茂木氏に)お願いした』とした」(日本農業新聞8月21日付)

 ここまで森山氏が言っているのだから、もう交渉がボロ負けだったことは分からなければならないはずなのである。TPP並みどころか、セーフガードの話に移行していることもそうだし、「原則はしっかり守らないと政治が信頼を失う」とまで発言しているのだから、この交渉は国民の信頼をとても得られるものではないと考えていたわけである。

 この森山発言を元外交官の目でみて、「あ、これは牛肉輸入の無税枠を設定されたのではないか」と洞察力をはたらかせたのが、元民主党でTPP担当をした緒方林太郎氏で、彼はブログにそのことを書いた。ただし、低関税の枠ではなく無税枠まで飛躍したのが残念だったが、漫然と記事を読んでいたものよりはるかに立派である(HatsugenTodayのブログを参照のこと)。

 さて、さきほど安倍首相はアメリカとの交渉でボロ負けして返ってきた政治家が好きだと書いたが、なぜかといえば、自分自身がアメリカとの交渉ではボロ負けし続けているからである。そこにもうひとりの自分を発見するので、アメリカのパシリを務めた甘利氏でも、英語が達者なのに今回の交渉でボロ負けした茂木氏でも、もう兄弟のように(いや、それ以上の親密感を)感じられ嬉しくなるわけである。安倍首相がもっとも脅えるのは、閣僚の誰かがアメリカの交渉で意外な勝利を得て帰国することであろう。

 こうした安倍首相のTPPに関する感性と裏切りは、2012年暮れに自民党が政権復帰して以来、ずっと続いてきた。安倍首相は「アメリカが本当に『聖域なき関税撤廃』を目指しているのか、オバマ大統領と会って確かめてきます」とアメリカに出かけたとき、私は呆れて産経新聞のコラムで、どこの政治リーダーに聖域なき関税撤廃をやりますという者がいるのか。安倍訪米は、TPPに参加するための口実作りにすぎないと書いた。

 アメリカ自身が多くの高関税品目をかかえており、例外品目にしたいものも多くあった。そこにでかけていって「聖域なき関税撤廃なんてやりませんよねえ」と言っても話にならない。おそらくオバマは「目標としては聖域なき関税撤廃をめざします」とごまかすにきまっていると予想して書いたが、事実、そのとおりになった。見ていてひや汗がでるほど恥ずかしかった。

 その後も、安倍首相およびTPPを担当した閣僚たちは、みなこの類のレトリックでごまかし、何食わぬ顔をし、安倍首相はボロ負け帰国の政治家たちを褒め称え、重職のポストを与えた。ほとんどのマスコミは、「よくやった」「そこそこの成果」とか書いて、日米はまともな交渉をやったかのように装った。

 それが今回、みるも無残な経緯と結果が直に見られるようになったのは、相手が「ディール」の大統領だからである。「え、不満? だったら、もっと悧巧なディールやりなよ。俺みたいにさ」てなもんだろう。何かを得るには、何かを捨てねばならない。それがディールの鉄則である。しかし、日本は必要以上に捨てているのだ。

【9月24日追記】かなり報道機関によって情報がばらついているが、日本経済新聞22日付22:57では、アメリカ産小麦の特別輸入枠14万トンをもうけることになったらしい。これもTPPにはあったが、TPPでは初年度は11.4万トンから始まり、7年で15万トンに達することになっていた。日経によると15万トンより1万トン少ないので「TPP下回る」そうだが、なんでここまで安部政権に媚を売らなくてはならないのか。

 ブルームバーグの24日付では、もっと日米の台所事情をからかって、次のように書いているが、これくらいの皮肉は欲しいものだ。
「牛肉と他の農産物にとっての関税引き下げは、トランプ政権が中国との経済戦争のさなか、アメリカの農家にとって生命線になるだろう。それが回りまわってトランプ大統領が再選キャンペーンをするさいの強力な押しになるというわけだ。

 安倍政権にとっても、10月1日の消費税増税にともなう国民の不満増を乗り切るためには、この1年の日米貿易交渉が、安倍がいうところの『ウィン・ウィン』の合意を生み出していることを、ちょっとは示してみせなくてならない」

 しかし、安倍はすでに負けている。茂木担当相は、アメリカ現地時間の23日に、時間的な遅れはたいしたことがないといい、自動車にかんしては「心配するような内容にはならない」と述べていたが、なんで牛肉を含む農産物について「心配するような内容にはならない」と言えなかったんだろう。これから、もっと妥協点が出てくるんだろうな。なんとも迫力のない担当相だ。自分の部下に当たり散らすほどのすごい迫力で、ライトハイザーを圧倒できないのかね。

●こちらもご覧下さい

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TPPの現在(2)安倍政権のデータ加工に呆れる

TPPの現在(3)米韓FTAからの警告

TPPの現在(4)農協バッシングの陰湿

日米FTAのみじめさ;TPPに参加した当然の帰結

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