TPPの現在(15)英国加盟の意義は小さくて薄い

TPP(環太平洋経済連携協定、TPP11、CPTPP)参加国は、閣僚級会合のTPP委員会をテレビ会議で開催し、今年2月に加盟を申請した英国について検討し、正式に交渉を始めることを決定した。日本ではNHKテレビ、日本経済新聞、産経新聞などが速報したが、英国本国では盛り上がりにかけており、この英国加盟という「イベント」の性格が、改めて透けて見える結果となった。

日本経済新聞電子版6月2日付によれば「参加すれば発足11カ国以外で初めての新規加盟国となる」と述べ、「加盟が認められれば世界の国内総生産(GDP)に占めるTPP加盟国の比率は13%から16%に高まる」と指摘した。しかし、この数値ひとつにしても、アメリカが加盟していた時点での「約40%」と比べれば、あまりにも迫力に欠ける。

また、英国が「ブレグジットによってEUの貿易相手が減少するのを埋める」などと解説する論者もいるが、それはまったく現実的ではない。「TPPの現在(13)英国が太平洋に参加してどうする気なのか」で紹介したように、ブレグジットの時点で英国の対EU輸出は全輸出の36%にも上っていた。いっぽう、現TPP11諸国との貿易額は総貿易額の約11分の1にすぎず、これをいくら増やしても「埋め合わせる」などとはお世辞にもいえないだろう。

そこで、産経新聞などは経済とならんで政治的な意義が大きいと言いたいわけである。同紙電子版6月2日付によれば、「TPPへの英国加入の動きは、参加国増加による経済圏の拡大にとどまらない。インド太平洋地域での、自由で開かれたルールに基づくサプライチェーン(供給網)の構築強化につながる」と、まず世界経済全体への貢献を述べる。さらに「欧州連合(EU)から昨年末に完全離脱した英政府は、外交や安全保障政策で、インド太平洋地域でのプレゼンス(存在感)を高める方針を打ち出してきた」と、政治・軍事的な意義も付け加えている。

もちろん、経済だけでなく政治・軍事の要素が大きいというのはその通りである。とはいえ、たとえば6月2日中にこの加盟の正式検討が始まったというニュースを流した外国のメディアは、2、3社にとどまっている。わたしが検索した範囲では、有名メディアではロイターとBBCくらいだった。もちろん、全世界的な規模でみればもっとあったと思われるが、この2社にしても簡単に事実を伝える程度で、とても大きな扱いとはいえなかった。

それどころか、BBCの「英国がアジア・太平洋貿易ブロックに加盟するプロセスに入った」では、オーストラリアとの貿易交渉でも問題があるのに、TPPへの加盟はさらに悪影響が生じるだろうと指摘している。「英国は現在オーストラリアとの貿易交渉を続けているが、それは英国の畜産農家を恐れさせている。というのも、国内市場に安い牛肉や羊肉が大量に流れ込んでくると思われるからである。評論家は英国政府によるオーストラリアとの交渉を、TPP加盟のための既成事実づくりだとみている」。

現在の貿易量からみれば、ブレグジットの穴を埋めるというのは非現実的であり、また政治・軍事的な要素があるのは分かるが、果たしていまの英国に、インド・太平洋の安全保障への貢献を期待できるのだろうか。少し前になるが、元ジ・エコノミスト編集長で国際ジャーナリストのビル・エモットが、ザ・マイニチ(英文毎日新聞)3月21日付に、英国のTPP加盟についてのコラムを投稿している。

それによれば、英国のTPP加盟は「むしろ、その動機は政治的なもの」であり、第一に、英国の世界関与にとって象徴的な側面が大きく、第二に、日本とオーストラリアに主導されるTPPに加盟して、世界貿易のなかでの地位を向上させるという狙いがあると述べていた。しかし、それですら、いまの英国のパワーからすれば、大きな規模や厚みを持たせるのは、現実には難しいのである。

「本当のところ、英国が演じることのできる割合は小さい。とはいえ、友好関係を可能な限り拡大するのは、たとえそれが実際にはかなり薄い(thin:わずかな)ものであっても、英国の未来にとって必要なのだ」

いまのTPPの推進者たちにとっていちばん大きな問題は、アメリカが戻ってくるかだろう。しかし、バイデンは大統領選挙の時期にTPP再加盟を掲げていたのに、いまや当面の国内経済優先策「バイ・アメリカン」の遂行のため、急速に再加盟の熱意を失っている。アメリカがいないTPPは、英国が加盟するか否かにかかわらず、小さくて薄いものにならざるをえない。

いまのところ、日本政府としても「未来のために必要」という位置づけで進めていると思うが、ひとつだけ成果のようなものがみられる。それは、お気づきだろうが、日本だけでなく海外の報道においても、TPPというのは現在のTPP11=CPTPPのことをさすようになっていることだ。将来的に効いてくるとされる政治・軍事的側面を除けば、成果はこれくらいだろう。あるいは、TPPはこの程度のもので、ずっとこれからも推移するのかもしれない。

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