TPPの現在(13)英国が太平洋に参加してどうする気なのか

英国が正式にTPP(TPP11、CTPP)に参加を申請することになった。1月31日に発表はされたものの、英国のジャーナリズムの反応はほとんどないか、あっても冷ややかなものだった。ところが、わが国のマスコミは繰り返し、TPPの可能性が広がったような、肯定的な報道を繰り返した。

TPPについて考えるときには、「TPPを締結したが、それでどうなりましたか」「TPP11になってから、アジアの貿易はそんなに拡大しましたか」というところから始めなくてはならない。また、アメリカ復帰を期待する人には「日米貿易協定で日本はどれほど不利な条件を飲まされたか、忘れてしまったのですか」と聞かなくてはならない。そして、「こんなもんで中国を抑え込むことができるのですか」というオマケをつけてもよい。

興味深いのは、日本のマスコミはそのほとんどがTPPを支持をしたせいか、TPPに関するニュースを流すときには、詳細を検討する以前から「これはよいこと」というトーンがあることだ。私は1月31日に英国参加のニュースをラジオで聞いていたのだが、なんだかすごい、素晴らしいことが起こったといった調子のアナウンサーの声を聴いて、久しぶりにむかついた。

そもそも、何で地球の裏側といってよい英国が、アジア太平洋経済協定に参加できるんだろうか。日本政府は中国との軋轢も念頭において受け入れるようだし、以前はブレグジットがらみで英国のCTPP参加に懐疑的だったオーストラリアも柔軟になっているようだ。つまりは、TPPそのものが中国の存在感によって、意味を変えつつあるのである。

「EUから離脱して1年後、わが国は新しいパートナーと共に、国民に膨大な富をもたらす経済協定を形成しつつある」とジョンソン首相は述べたが、こんなことを信じている英国民など存在しない。そもそも、ロイターが報じているように、「英国政府は以前の約束をやぶって、このCTPPへの参加がどれほどの経済的恩恵をもたらすかの予測を、発表しようとしていない」のだ。

しかたがないので、日本のマスコミが発表したもので「代替」しておくと、「昨年、イギリスとTPP参加各国との貿易額は合計で1110億ポンド=15兆8000億円に達していて、イギリス政府としてはこれをさらに拡大していきたい考えです」(TBSNEWS)というのがあって、おお、約16兆円もあるのかと思う人もいたかと思う。しかし、英国の貿易額全体は12020億ポンドくらいあって、ということは、約11分の1くらいがTPP11圏との貿易だということである。

これは英国の地理的条件を考えれば、「もうすでに十分に貿易をしてきた」ということはいえる。しかし、とてもではないが、「EUからの離脱で失った分を取り戻す」ような厚みと重みはないし、ましてやジョンソンの口先から出た言葉のように「膨大な富」をもたらすなんて、とても無理ということになる。ジョンソンによれば、「EU離脱から1年の節目にTPPに申請するのは象徴的な意味合い」もあるそうで、本心では貿易額の大きな上昇は期待していないのではないだろうか。

ちょっとだけ計算してみよう。英国の全輸出量は5890億ポンド、全輸入量は6130ポンド。そのうちEUは輸出が1710億ポンド、輸入が2660億ポンド。合計で4370億ポンドで貿易総額の実に36%強がEUとの貿易だったのである(数値は日本の外務省)。もちろん、これがすべてなくなったわけではないが、昨年12月に自由貿易協定で維持したのは財の貿易についてであって、英国経済の80%を占めるサービス(金融も含まれる)は、まだどうするか決まっていない。

英国国内のブレグジットに反対してきた経済ジャーナリズムが、CTPPへの参加について無視もしくは冷ややかなのは、ある意味、当然といえる。もちろん、多少の経済的利益を犠牲にしても、政治的な独立度を高めるという政策は、無意味というわけではない。それは、大戦略としてあるだろう。とはいえ、ジョンソンの大げさな演説は、コロナ禍で世界最悪といってよい状況の英国民にとって、シラケ話であるだけでなく、経済というよりは政治において「象徴的」でしかないのである(図版上:日本経済新聞より)。

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