コロナ恐慌からの脱出(29)ゲームストップ騒動の背後の「大物」
すでに世界中で話題になっているが、アメリカのゲーム販売チェーン「ゲームストップ」の株価が驚異的に乱高下して、とどまるところを知らない。しかも、この株価の乱高下を生み出したのが、ウォール街のエスタブリッシュメントともいうべきヘッジファンドと、デイトレーダーを中心とする小口投資家との壮絶な戦いだったことから、注目度も急速に上昇した。
ヘッジファンド陣営のほうは、ゲームストップの株を「空売り」して、ひともうけをたくらんだが、それを察知したデイトレーダーたちは、「レディット」というサイトの株式サブサイト「ウォールストリートベッツ」で檄をとばし、「ロビンフッド」という投資アプリを通じてゲームストップ株を一斉に買って対抗した。
26日から27日までは、デイトレーダーたちのコール・オプションを用いる作戦が功を奏したこともあり、ゲームストップの株価はこれまで例がないほどの急騰を遂げた。28日にロビンフッドの提供者が取引を中止したことから急落。しかし、29日にはロビンフッドが一部取引を再開したので、ふたたび買いが優勢になって上昇した(「ゲームストップ株の異常な乱高下」を参照のこと)。
この「ゲームストップ現象」を目撃したアメリカの証券取引委員会(SEC)は、甚だしい乱高下に警告を発し、「連邦証券法」が禁じている暴力的で操作的な株式取引については、小口投資家の保護の観点からの介入を示唆した。また、投資家に損害を与え特定の銘柄を取引することを阻害する市場参加者は規制強化の可能性を示した。
こうした動きに対して、たとえば米民主党の左派であるウォーレン議員などからは、ゲームストップを買っていたデイトレーダーたちが、ロビンフッドの取引中止により買いたい株を買えなくなったのはおかしいとの批判が出てきた。また、同じく民主党の左派オカシオコルテス議員などから、空売りのための資金調達はドッド・フランク法に違反しており、規制しないのは公正を欠いているとの声もあがっている。
ネット上の書き込みを眺めれば分かるように、この「ゲームストップ現象」への論評は、圧倒的にデイトレーダーたちに同情するものが多い。違法とされる特定の銘柄に対する共謀的な投資についても、「ヘッジファンドがやっていることを、デイトレーダーたちがやっただけだ」などという理由で正当化しているものが少なくない。しかし、すこし時計を前に戻して、ゲームストップという企業がどんな状態にあったかを思い出せば、もう少し異なる評価が出てくるかもしれない。
英経済誌ジ・エコノミストの1月29日掲載「取引規制の強化のなかで、ゲームストップ株の狂騒は続いている」によれば、ゲームストップはまったく株式市場での注目株ではなかった。それどころか、2020年1月31日までの5年間でみれば、S&P500平均が79%上昇しているときに、ゲームストップは85%も下落していた。同じ時期に売上は28%下落し、近年2年間の損失は130億ドルに上っていた。2019年5月にEコマースに切り替えたが、コロナ禍があったせいもあり、1年で売上は30%落ちている。
もちろん、だからこの企業は何をされてもかまわないと言うわけではないが、少なくともヘッジファンドが空売りの餌食にしようとした最大の理由は、こうした長年にわたる経営不振にあったことは分かる。しかも、長期低落傾向の株式に対して、ヘッジファンドが資金を借りて、レヴァレッジを大きくして空売りを掛けるのは、それほど珍しい現象ではない。
また、デイトレーダーたちは「ゲームストップを救え」と叫んで株式を買ったわけではない。それどころが、サイトに飛び交ったフレーズは「ヘッジファンドを殺せ」であって、これに乗ったトレーダーが多かったとすれば、普段からひどい目にあってきた、ヘッジファンドへの積年の恨みがモチーフだったといえる。なかには、判官びいきのような心理を持った人もいたかもしれないが。
そしてまた、ヘッジファンドに限らず空売りが仕掛けられていることが分かった場合、逆に、買いを仕掛けて利益を得ようとする投資家の行動も、「ショート・スクイーズ」というテクニックに則っていて、別に今回に始まったことではない。今回が異常なのは、ヘッジファンドに対する怨念がサイトを通じて、明示的に表現されたこと。そして、その呆れるばかりの、とてつもない成功だった。
そこで、こうした状況のなかで、このような動員を密かに主導した人間がいるのではないかと考えるのは自然だろう。しかし、今のところ、せいぜい「#ヘッジファンドを殺せ」とか「#ゲームストップ買い」とか、交流サイトに書き込んだ何人かのデイトレーダーや、そのシンパたちしか出てこないのである。
フランクフルター・アルゲマイネ紙1月29日付に「ゲームストップ現象の背後に首領たちがいる」という記事を見出したときには、いよいよ出てきたかと思ったが、残念ながら必ずしもゲームストップ買いの扇動者ではなかった。まあ、新聞の見出しだから、文句は言わないことにしよう(写真:同紙より)。しかも、それなりに興味深い話がでてくる。
この記事は「複雑な過程を単純化するためには、疑問形が助けになる。たとえば、善玉は誰なのか? 悪玉は誰なのか?」で始まる。そして、ここで同紙が善玉なのか悪玉なのかを検討しているのは、ネット取引アプリのロビンフッド創業者ウラジミール・テネフなのである。ゲームストップのニュースを追いかけていた人は知っているだろうが、デイトレーダーたちがゲームストップに投資するのはロビンフッドを通じてだった。それが、28日に取引中止になったので、テネフは批判の矢面に立たされた。
しかし、この批判というのはデイトレーダーから投資の機会を奪って、ヘッジファンドに利益を与えることになったというものがほとんどだった。フランクフルター紙はもっとディープな事実を暴露している。テネフは無料で投資ができるアプリを提供してきたが、実は、その資金源というのがシタデル・セキュリティだというのである。このシタデル・セキュリティのオーナーはケン・グリフィン。彼はシタデル・ヘッジ・ファンドの管理者でもあり、しかもグリフィンはヘッジファンドのメルヴィンの出資者でもある。
こうなれば、もう、ロビンフッドの創業者テネフが、ヘッジファンドを攻撃してゲームストップ株を急騰させたデイトレーダーの投資をやめさせるため、グリフィンから命じられてアプリを停止させたと考えてもいいのではないのだろうか。とはいえ、テネフはそういわれて反発し、アプリの名前を見て欲しいといったという。ロビンフッド、つまり、俺は貧しい者の味方である義賊なのだというわけだ。ただで投資アプリを配るのは、小口でも投資ができるようにする、義賊的行為だという意味だろう。
そしてまた、フランクフルター紙によれば、「アプリによる売買を停止させたことでグリフィンが利益を得たかはまったく不明である。ことに、彼のヘッジファンドがゲームストップの空売りに関わっていたかわからない。シタデルはロビンフッドへの影響力を行使してきたことも否定している」。
とはいえ、テネフがタダで使えるアプリをばらまいたこと自体が、小口の資金を証券市場に呼び込むという目的と効果を持っていたことは確かだろう。そして、このアプリがゲームストップ現象という巨大な動きを促したことは間違いない。今回の事態のなかで、ロビンフッドでの売買を停止したことについて、テネフは「それは自社と顧客を守るためだった」と言っているようだが、そのまま信じる者などいない。
どうも、テネフは「とっちつかず」ではなく「どっちにもついてる」ような人間である。歴史はしばしば曖昧な人間によって動かされることがある。同紙の締めくくりも「事件はいまも複雑なままである」というものだ。しかし、この騒動も大規模なコロナ・バブル経済においては、単なるひとつのエピソードになってしまうかもしれない。
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