新型コロナの第2波に備える(3)ワクチンを制する者がポスト・コロナ世界を制する

コロナ感染拡大の第2波が確実視されるなかで、ワクチンの開発競争は熾烈を極めている。この6月14日には、安倍首相が「ニコニコ動画」の番組で、「完成した暁にはしっかり日本も確保できるよう、交渉している」と語っていた。日本でも開発中のグループが存在しているが、どうやら安倍首相の頭には、日本製のワクチンなど存在していないらしい。

このとき、安倍首相が言及したのが、米国のモデルナ社と英国のアストラゼネカ社のワクチンで、この2社が最先端にあったことは間違いない。ところが、英経済誌『ジ・エコノミスト』7月2日号は、「オックスフォード大学がコロナ・ワクチンでリード」との記事を掲載した。つまり、アストラゼネカ社が一歩先に出たというのである。

同記事によるとWHOの某氏が、最先端はアストラゼネカ社だと明言したとのことだが、WHOのバイアスは明らかなので、あまり信用できないのではないかとこの時は思った。しかし、製薬業界誌であるAnswers7月8日号によると、モデルナ社が治験のやり方をめぐって米政府と対立し、ようやく妥協が成立したというが、これがどうもモデルナが遅れをとった理由かもしれない。

もっとも、この新薬開発の世界は「生き馬の目を抜く」の喩えが文字通り適用できる世界であって、同誌にも「2週間も遅れた」という表現が出てくる。2週間が開発レースでは決定的になるのだとすれば、安倍首相の発言なども、もう何年か前の昔話ように思われてくるほどである。

ワクチンが完成すればすべて解決だという雰囲気が広がっているが、もちろん、そんなことはない。たとえば、インフルエンザのワクチンは存在していて、何度も接種した人は大勢いるが、インフルエンザが消滅したという話は聞かない。また、その年によって流行る型が変わるので、必ずしも接種すれば感染しないという保証はないことは、一般的にもよく知られている。

他にも多くの問題が残っている。完成したからといって、私たちが接種を受けられるという保証はまだない。安倍首相の発言は、例によって「私が交渉しているから、大丈夫」といったニュアンスがあるが、それが何の保証にもならないことは、あれほど数多く世界の首脳と会談しても、なんら外交において成果らしいものがないことからも明らかだ。

しかも、安倍首相あるいは後継者が交渉して、アストラゼネカあるいは別の製薬会社のワクチンを日本でも使えるようにしたとして、その量はどのくらいになるのだろうか。国民全員が接種できるほどの「ドーズ」になるのだろうか。また、その値段はいかほどになるのだろうか。ちゃんと保険がきくのだろうか。きいてもめちゃくちゃ高くならないのか。

6月30日だったと思うが、米国ギリアド社のコロナ治療薬レムデシベルが、患者1人あたり25万円に下がったと報じられて、なんだ、そんなに高いのかと唖然としたが、日本の厚労省によると、いまのところ患者の費用負担はないというので、ほっとした人も多かったと思う。しかし、それは治療薬だからであって、インフルエンザのワクチンを考えれば、大勢が接種するワクチンがタダということはないと考えるほうが妥当だろう。

こう考えてくると当然知りたくなるのが、たとえば中国がすごいワクチンを開発してしまったら、この国は世界中に分けてくれるのだろうかという疑問である。逆に考えて、アメリカの会社が順調に開発してワクチンを完成させたら、中国にも分けるのだろうかという問題もある。いまや新冷戦時代といわれる米中関係だから、それはないだろうと考えるほうが自然ではあるまいか。では、そのとき日本が分けてもらう条件は何になるのか。

こうした疑問に答えてくれそうなのが、米外交誌『フォーリンアフェアーズ』7月/8月号に掲載された、マイケル・オスターホルムとマーク・オルシェーカーの「コロナ対策の失敗に学ぶ:次のアウトブレークが来る前に」である。オスターホルムはミネソタ大学教授、オルシェーカーはドキュメンタリー映画作家で、2人ともパンデミックや災害の対策に深くかかわり、『我らの殺人病原体との戦い』という共著もある。

そこそこ長い論文で、前半は今回のコロナ対策は長期的にも短期的にも準備ができたのに、専門家たちの警告を無視して失敗したという話が続く。この失敗はカトリーナ・ハリケーンに対する失敗と同じものだとか、1917年から1918年のスペイン風邪についての記述はそれなりに参考になるものである。しかし、やはり興味深いのは、パンデミックとワクチンについて述べた後半のワクチン戦略論だろう。

彼らが何より強調しているのは、「アメリカ合衆国は生命を救う薬品類で中国やインドに依存する」のを低下させることなのである。ワクチンや治療薬の製造を政治的に必ずしも親しいとはいえない国に任せるのは危険だというわけだ。「それはコストを高くするかもしれないが、アメリカは自国と信用できる友好国でやるべきなのである」。

また、こうした決定的なワクチンや治療薬に対する取り組みは、政府が中心的な役割を担わなければならないと彼らはいう。それは、この分野において敵と味方を分けたことの当然の論理的帰結といえるだろう。「決定的となるワクチンを政府が買い占めることは、ほとんど必須事項に属している」。

さらに、こうしたワクチンの開発・製造にあたっては、政府のコミットメントのグレードを上昇させねばならない。興味深いのは、彼らがこれまでアメリカで猖獗をきわめてきたインフルエンザと合わせて、包括的に解決を図ろうとしていることだ。アメリカでは毎年インフルエンザの流行があり、年によっては数万人亡くなっている。これを「ユニバーサル・インフルエンザ・ワクチン」の開発で解決しようというわけである。

こうした「万能ワクチン」などというものが開発可能かは分からないが、ともかく、ワクチンの開発・普及は国家的プロジェクトであり、それはアメリカおよび友好国だけに依存して進めるべきだということである。地政学の祖マッキンダーは「ハートランドを制する者はユーラシア世界を制する」と言ったが、彼らは「ワクチンを制する者はポスト・コロナ世界を制する」と言いたいらしい。

もうひとつ、彼らが強調しているのは、こうした微生物を相手にした「戦争」では、世界との協力が必要だということである。その例として、天然痘の撲滅には旧ソ連との連携が不可欠だったと述べているが、これは別に中国ともコロナでは連携しようと言っているわけではないない。「この戦いを1国だけで行うことはできない。なぜなら、微生物は国境を尊重などしないからである」とあるように、ワクチンを開発して、ウイルスとの戦いを続けるには、他国との関係も重要だといっているにとどまる。

こうした2人の主張を、何か時代がかった「ウイルス地政学」であるかのように錯覚すべきではない。これから出てくるコロナ・ワクチンが、英国が先行するのか、米国が逆転するのか、あるいは中国なのかは、まだ分からない。しかし、それぞれの場合において、国家と企業、企業と企業、そして国家と国家の激しい戦いが繰り広げられることになる。これは、ありふれた世界戦略論の一環なのである。

それはたとえば、トランプ大統領ならば「ディール」と捉えるだろうし、習近平ならば中華思想に基づく「一帯一路」の立て直しに使うことになるはずである。まあ、ジョンソン首相なら人気回復とアメリカへのゴマすりに使うくらいか。もちろん、ワクチンを国内の企業が製造できるようになっただけで、世界を支配できるわけではないが、いくつかの点で優位を得られることはたしかだ。そして、せっかく国内でも開発を続けているグループがあるのに、またしてもこうした世界史のゲームに、安倍首相を擁する日本は蚊帳の外にとどまりそうである。

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