コロナ恐慌からの脱出(12)グローバリゼーションは終焉するか

グローバリゼーションは新型コロナウイルスを乗り越えるのだろうか。それとも、この前代未聞のパンデミックによって、いよいよ終焉を迎えるのだろうか。最初から興ざめで申し訳ないが、それはあなたがこの「グローバリゼーション」という言葉をどのように解釈してきたかによる。

世界の公式文書に「グローバリゼーション」という言葉が初めて登場したのは、1996年のことであり、アメリカの政治文書だった。その意味は、アメリカが世界からモノを買い続けても、世界がアメリカに投資し続ければドルは還流するので、いまのアメリカの経済的繁栄は維持できるという政策目標に他ならなかった。

その後、この言葉の運命はけっして平坦なものではなかった。まず、使われたときの状況や立場によって意味がバラバラで、それは肯定的にもなり否定的にもなった。2000年1月の米週刊誌『ニューズウィーク』は、「アメリカに唾を吐くものは自らに唾を吐いている」と述べて、アメリカ中心のグローバリズムとIT革命の成果を称賛したものだった。

いっぽう、前年のWTO総会が11月から12月にかけてシアトルで開催されたとき、世界中から集まった人たちがグローバリズム反対の抗議デモを繰り広げて話題になった。グローバリズムのために地域の環境や社会が破壊され、多くの失業者を生み出しているというのが反対の理由だった。

当然のことながら、日本では前者の称賛がまず先行したが、なかにはひたすらに世界がひとつになっていくのは素晴らしいことだという、素朴なイメージを持って論じるひとたちも多かった。さまざまな弊害はあるかもしれないが、まさにそれはグローバリゼーションで解決されるというわけである。

反対派のほうは多くの弊害を強調した。経済的には確かに新たな富をもたらすかもしれないが、それは偏った層だけに集中しており、弊害のほうがはるかに大きいと指摘した。グローバリゼーションは、貧者を犠牲にして富者をさらに豊かにする仕組みにすぎないというのが、反グローバリズムの中心的議論だった。

こうしたグローバリゼーションを論じるさいに比較の基準となったのが、「ヒト、モノ、カネ」の移動の状態である。賛成派はこの3つの盛んな移動が、世界をひとつにしていくと語った。これに対して反対派は、冷戦終結直後のヒトの移動に比べて、その後のグローバリズムでのヒトの移動はずっと少ないが、それは真のグローバリズムではないからだと論じた。

また、カネの移動だけが急進しており、それはモノの売買で交換される金額の50倍から200倍に達していると批判した。つまり、このグローバリズムは、ウォール街を中心とする国際的マネー・ゲームのためのもので、ヒトの移動やモノの移動がともなっていないというわけである。

今回の新型コロナウイルスが登場してきてから、その影響の大きさを論じるさいに基準となったのも、このヒト、モノ、カネの3つだったといってよい。こうした見方は国際経済で活躍するエコノミストにとっても、分かりやすいグローバリゼーションの基準となってきた。この3つの移動が新型コロナの感染を防ぐために制限されることによって、グローバリズムはかなり後退する。やや気の早い論者は消滅してしまうというわけである。

世界のヒト、モノ、カネを一望にすることができるようなデータは見つからないので、とりあえず日本の国際収支統計を見てみよう。財務省が5月13日に発表した3月の国際収支統計(速報)は、ざっと見ただけでも新型コロナの影響が顕著だが、まず、旅行収支に目を向けてみよう。これは日本人による海外での消費であり、日本経済新聞5月13日付によれば「減少率は米国での同時多発テロ後である01年11月の38.4%減を上回り、97年1月以降で最大となる」(左図参照)。

さらに、輸送収支だが、これも同記事を読んでみよう。「現地で消費するには、そこまで移動しないといけない。輸送収支の受取は貨物のほかに国内航空会社が運んだ非住居者の旅客運賃などを含み、3月は21.6%減の1985億円だった。海外航空会社が国内居住者を運べば支払に計上される。輸送収支の支払は28.6%減の2327億円だった」。

この13日の速報より少し前の4月20日に財務省が発表した3月の貿易統計では、日本の輸出がマイナス11・7%という数値が注目された。「米国向けは大半の輸出品目が減り、全体で16.5%の大幅な落ち込みとなった」「米国と並ぶ輸出先の中国向けも8.7%減った」(日経4月20日付)。もちろん、アメリカも中国も新型コロナのパンデミックで経済が委縮しているのだから当然だろう。「世界貿易機関(WTO)が8日公表した予測では、20年の世界の貿易は前年から最大で32%減少する」ということである。

こうしたヒトの移動とモノの貿易を見て注目しておきたいのは、まず、日本の輸出が下落しただけでなく、輸入も下落しているという事実である。新型コロナの影響というのは輸出入両方に出ているので、貿易収支が黒字になったといっても何の意味もない。また、ヒトとモノを比べたとき、「モノの移動以上に滞りが深刻なのが、国境を越えたサービスのやりとりが示す人の移動だ。3月は旅行収支の受け取りや支払いなどで記録的な落ち込みが目立つ」(5月13日付 右図と下図)という点に注意すべきだろう。

以上が日本から見た場合のグローバリズムの状況だが、こんどは世界全体について海外から見てみよう。英経済誌『ジ・エコノミスト』5月14日号は「さよならグローバリゼーション」という特集を組んでいるが、自由貿易熱烈支持の同誌が、こんなタイトルをつけているあたりにも、世界のコロナ禍の深刻さが現れている。

同誌によれば、世界の海外直接投資が30~40%下落。国家間の送金が20%下落。多国籍企業は今年中に国際間投資を3分の1削減することになるだろう。これがカネの状況である。WTOによればモノの貿易は3分の1縮小する。ヒトの輸送は、同誌の言い方によれば「旅行者が少ないということの意味は企画が少ないということでありフライトの機会がないことを意味している」。その結果、輸送費が高騰して、そのマイナスは関税が3.4%アップに相当するという。

同誌によれば、こんな状態になったのは世界中の政府が国民の関心事を重視したことから起こっているという。つまり、世界経済の競争から企業を守るとか、資本の移動のコントロールに注力するとかではなく、ひたすら選挙民の安全を考えて、今回の新型コロナパンデミックに対処したからだと述べている。

こうした議論は日本でもあるが、同誌はスウェーデンのように緊急事態宣言やロックダウンなしに集団免疫だけに依存し、経済維持優先を第一にして対応していればどうなったかについて特に述べているわけではない。英国のジョンソン首相は、最初は集団免疫戦略に走ったが、悲惨な現実を目にして封鎖的政策を導入することになった。日本での同種の議論は根拠薄弱な主張を振り回すものが多く、しっかりとしたデーターと論理が欠落している。そしてまた、経済的な視点で見た場合、果たして一国だけで採用できる政策なのかも疑問である。

さて、『ジ・エコノミスト』の特集が力を入れているのは、こうした集団免疫論争よりも、現実に国際的なサプライ・チェーンがどのように姿を変えようとしているかである。いまの状態のなかでサプライ・チェーンを再構築していくには、第1に、さらに多くの国にチェーンを伸ばしていく多様化と、第2に、きわめて迅速なチェーンの切り替えが必要だという。

具体的に分析しているのがアメリカにおける分野ごとのサプライ・チェーンの構成変化であり、2017年下半期と2019年下半期を比較し、米中経済戦争のなかで、アメリカ企業がどのように中国依存から抜け出しつつあったかを分析している(右図を参照)。

まあ、そこそこ成功していると言えるのが自動車産業で、自動車部品の輸入先シェアが中国からを2.2%減らして、その替わりに北アメリカ(この場合はメキシコを含むと思われる)のシェアを2.8%増やしている。しかし、家具、衣類、おもちゃは中国からのシェアを減らしたが、北アメリカのシェアはほとんど伸びず、東南アジアに依存するようになった。エレクトロニクスなどは中国からのシェアを減らしたが、北アメリカのシェアがほとんど伸びないだけでなく、東南アジアへの転換も満足に行われていない。

それでも、アメリカの多国籍企業はその40%が生産拠点を中国から移しつつあるか、あるいはその途上にあるという。また、24%が新型コロナ以降は中国からの供給から抜け出そうと計画中であるという調査結果もあるらしい。この傾向は政権が民主党になってもしばらくは続くことになるだろう。

そのほかにも、いわゆる「チャイナ+1」、つまり中国に生産拠点を置いたり部品を調達しながら、他にもアジアに拠点とする1国を確保しておくという戦略についても触れている。これが上手くいっているかといえば、どうやら、そうでもないことが示唆されている。日本でもこの「チャイナ+1」は唱えられて久しいが、『ジ・エコノミスト』によれば、拠点としている中国と同じくらいの利益をもたらす拠点を他に作っている間に、この新しい拠点が高くつくようになることが多いというのである。

こうしたさまざまな各論が同誌の特集ではレポートされているのだが、これはアメリカの中国脱出策であり、もう少し国際マクロ的な視点からの見通しが欲しいと思った。しかし、いつものことだが、マクロで論じているうちはうまくいくように思えても(「チャイナ+1」などもそうだった)、実際にやってみると現実的でないことが分かってしまうことは多い。マクロはあくまでマクロだ。全体像はいまのところ個々の事例から全体を推測するしかない。

今回はテーマの性格上、現時点での見通しを述べて締めくくりとしたい。第1に、もし、アメリカ政府が1996年に考えていたアメリカ中心のグローバリゼーションがこれからも続くかといえば、中国の大国化と経済の変質によって、もはや後退期にあるというのは正しいと思う。もちろん、アメリカが世界からモノを買いカネを還流させるというやり方は、これからも続けようとするだろうが、それは、モノとカネとの間でアメリカ経済を不安定にすることは間違いない。

第2に、先進諸国が製造拠点もしくは供給拠点を求めて世界各地に進出し、安い労働によって自国中心的経済を拡大していくというのも、もはや限界にきていると言わざるを得ない。それはトランプ政権の抱えている矛盾にあきらかなように(国内の労働者を満足させる政策と世界の拠点を安く利用する政策は両立しない)、これもまたポスト・コロナ世界では抵抗が強く継続が難しいだろう。

第3だが、グローバリズムを「サプライ・チェーンの発展と拡大」と解釈すれば、それは再生されるかもしれない。たとえば、2022年ころまでに新型ウイルスのワクチンができたとすれば、世界はサプライ・チェーンの再構築に向かうだろう。しかし、そのさいにアメリカがどこまで主導的であるかは分からないし、少なくとも、これまでのような巨大グローバルな展開は、今回のようなリスクが潜在していることを認識する限り無限定に採用できない。

おそらくは地域的なサプライ・チェーン(すでに述べたように、現実にアメリカが北米に回帰しているように、周囲の国々に限るというような地域限定)にとどめるという方向が、現実的になるのではないだろうか。ただし、『ジ・エコノミスト』のレポートに示されているように、転換がすぐにできるものでないのと同様に、再生もまた時間がかかることは覚悟しなければならない。

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