猛烈に切なく誇らしい『ロボット・ドリームズ』;ドッグとロボットの泣かせる友情
『ロボット・ドリームズ』(2024・パブロ・ベルヘル監督)
映画評論家・内海陽子
昔、アニメーションの主人公の表情は、人間のそれよりも雄弁だと感激したことがあった。そもそもわたしは人間の顔が好きなのでふだんは劇映画を好み、昔の感激を忘れていたが、この『ロボット・ドリームズ』で、その感激を思い出した。どういうとき、アニメーションの表情に感激することが起こるのか。それは、作者が描く“精神”を素直に受け取ることができ、深いところで感銘を受けたときである。
主人公は二人。一人は孤独なニューヨーカーのドッグ、もう一人は彼が組み立てたロボット。いずれも擬人化されており、感情や思考は完全に人間のものだ。ドッグとロボットは良き友だちになり、散歩したり、地下鉄に乗ったり、ホットドッグを食べたり、毎日を楽しく過ごす。一緒にいると何をしても楽しい、最高の相棒だ。BGMは「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」の「セプテンバー」。この曲がすべてを物語る。
ある日、二人はビーチへ行き、海中で楽しく遊び、疲れて昼寝をする。気づくとロボットはさび付いて動けなくなっており、周囲に人影はない。動けないロボットは非常に重く、やむなくドッグはロボットにブランケットを掛けて帰る。ドッグが修理道具を手に出直したとき、ビーチはすでに閉鎖されており、ドッグはロボットを救出すべくいろいろ試みるが、意地悪な管理人は頑としてドッグを排除し、彼はついに警察の御用になってしまう。
目が覚めたロボットが考えるのはドッグのことだけ。海からボートで流れ着いたウサギの三人組が、ロボットにオイルを注入してくれ、彼は勇んでドッグのアパートへ帰る……のは夢だ。冬になり、雪が降る。ロボットは氷を割り、自由になってドッグのアパートへ向かうが、ドッグは新しいロボットを連れている……のも夢だ。夏が来て、花たちに囲まれ、踊りながら街を目指し、空には虹がかかるが、それもまた夢だ。ロボットの長い冬はなかなか終わらない。しかし善良なロボットは誰を恨むでもなく、じっとしている。
ドッグも夏を待つしかないが、気を取り直してスキー場に行けば、ここには意地悪な兄弟がいて、そりに乗ったドッグはさんざんな目に遭う。怪我をして帰るバスの中、ドッグはしみじみロボットの不在を思う。ある日、凧揚げをしようとして失敗続きのドッグを助けてくれた元気な女子のダックと仲良くなり、ひととき孤独を忘れるが、彼女は非常に活動的で、ドッグだけの友だちになってはくれない。きっとたいていの人はそうだろう。「僕だけの相棒はやっぱりロボットしかいない!」と彼は思う。
二人がばらばらに過ごす長い冬は、観る人にとっては退屈かもしれない。しかし、ほとんどの人の日常は退屈なものであり、その日常の過ごし方でその人の人となりがわかる。同じように孤独でも、動けるドッグはまだいい。動けないロボットが、ビーチの冷たい砂に閉じ込められている様子は本当に哀れで、彼がなんとか救出されることを願うばかりだが、そこへ強欲そうな鉄くず拾い(?)がやってくる。ここで掘り出されてロボットの運命は変わるのだが、幸せへの道は遠い。彼はスクラップ場に売られ、力自慢のワニの主人にガラクタの山に放り投げられる。このシーンは、自分の心がばらばらになるような気がする。
音響だけで、セリフもナレーションもない展開なので、少し詳しくストーリーを紹介したが、ここから先はぜひともご自身で観ていただきたい。二人の運命はわるい方には行かない。けれども最良の境地に至るわけではない。それは、彼らの運命に限ったことではない。ごく普通に生きる多くの人が感じるであろうことが、彼らの身にも起きるということである。大事なのは日々の暮らしであり、人が人に対するときの驚き、発見、喜び、気遣いが世の中のおおもとを動かしているということである。
自分が幸せであること、好きな人が幸せであること、ほかの誰かも幸せであること、それらすべてがうまく成立するとは限らない。しかし、どこかで折り合えるかもしれない。そのとき、自分の欲望を少し抑えてみる、という決断をするのがロボットである。このとき、彼が単に善良であるだけでなく、すぐれて人間的な知性と感性の持ち主だとわかる。そうわかって猛烈に切なくなるが、猛烈に誇らしくもなる。この“最高の感情移入”を、ぜひとも体感してください。
◎11月8日より公開
内海陽子プロフィール
1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら)
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