内海陽子「誇り高き者の確執、愛憎」;佐野亨編『リドリー・スコット』に寄稿しました

シリーズ「映画の巨人たち」の1冊、佐野亨編『リドリー・スコット』(辰巳出版)が刊行されました。本サイトで映画評を書いておられる映画評論家の内海陽子さんは「誇り高き者の確執、愛憎」を寄稿しています。ここでは、ほんの一部を紹介いたしますので、ぜひこのムックを手にとって全文をお読みください(サンイースト企画)。

「世の中を見ていると、誇り高い人はめったに愚痴を言わないし、泣きごとを言わない。何らかの権利を求めてむやみに争うということをしない。求めるものは何かと言えば、自分自身を高めるために乗り越えるべき困難や障害であり、それらを乗り越えた時の喜びである。誇り高くあるのは誰にでも可能なことではないが、可能かどうかは試してみなければ判らない。リドリー・スコット監督作品の登場人物は、誇り高く己に厳しい人間が核になっていることが多く、そういう人間を崇める者と疎ましく思う者とが対立してドラマが生まれる。ここではわたしが好む誇り高い男と女がどのように生き抜いたかを探ってみよう」

内海さんはスコット監督の作品から6作を取り上げ、「誇り高く厳しい人間」を中心に、「そういう人間を崇める者と疎ましく思う者」たちが繰り広げるドラマから、スコット作品の核心部分に入っていきます。

「広い海洋で若者たちを鍛え上げる帆船アルバトロス号の船長、スキッパーことシェルダン(ジェフ・ブリッジス)が核になる『白い嵐』(1996)は実話がもとになっており、リドリー・スコットの指向が見て取れる。17歳のチャック(スコット・ウルフ)が語り手になり、同じ航海訓練生となった少年たちとの交友と、海の脅威を教えるスキッパーの人となりを活写する。出航までに船体の掃除や修復に全員であたり、十分に時間をかけるのがもどかしいようだが興味深い。航海そのものを映画作りになぞらえているように思える」

この『白い嵐』評のなかで、内海さんの分析が興味深いのは、スコット監督はむしろ脱落してしまう訓練生フランクに近い資質を持っていたのではないかと指摘していることです。傲慢な実業家である父親に反発していたフランクは、上流階級出身でひよわなリドリー・スコットの少年時代の分身だったというわけです。

「それでは女性の場合はどうだろう。デミ・ムーアのスキンヘッドが話題になった『G.Ⅰ.ジェーン』(1998)は、海軍特殊偵察部隊の過酷な訓練に女性が加わるという現実離れした物語だが、男と同等の訓練に励みながら決して音を上げないヒロイン像が輝かしい」

日本では「わたしにも危険をください」というテレビ広告のキャッチコピーで、当時の映画ファンを驚かせたことで知られていますが、デミ・ムーアが演じるオニール大尉は、周囲の男たちの偏見やあざけりを、つぎつぎと跳ね返していきます。オニール大尉の見事な闘いぶりに感動した男性の映画ファンも、けっこう多かったのです。

内海さんは、さらにスコット作品のなかの「誇り高い」女性として、『エイリアン』(1979)のシガニー・ウィーバーが演じた宇宙貨物船の航海士リプリー、『ハンニバル』(2001)のジュリアン・ムーア演じるFBI捜査官クラリス・スターリングをあげています。特にクラリスの場合には、アンソニー・ホプキンスが名演した猟奇的犯罪者ハンニバル・レクターと「あくまで誇り高く引かれ合う」ところが見どころでした。

「時代は遡って60年代のアメリカ。立場はまるで違うが、実は似た者同士として引き寄せられるのが『アメリカン・ギャングスター』(2007)のギャング、フランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)と刑事のリッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)だ。純度100%のヘロインをアジアで調達することに成功し、混ぜ物ばかりが横行する市場に新風を吹き込んだフランク。女癖はわるいが、不正に手を染めるのはお断りで弁論が苦手なリッチー。ある種の清廉さを持つ二人が、それぞれの仕事を着実にこなし、フランクが逮捕された後は、麻薬捜査局の大規模な汚職を暴くことで手を握る」

捜査する側と捜査される側という立場はまったく逆なのに、それぞれが属する社会での腐敗と不正に染まることを拒否する、「誇り高い」二人が結びついていくドラマこそ、リドリー・スコット監督が繰り返し求めてやまないものだと、内海さんは指摘しているのです。

「最後に触れたいのはリドリー・スコットの監督デビュー作『デュエリスト/決闘者』(1977)。誇り高いというより凝り固まった自尊心の持ち主であるフェロー中尉(ハーヴェイ・カイテル)が、これと思い定めた相手、デュベール中尉(キース・キャラダイン)に決闘を挑み続ける物語だ。決闘を挑むには同じ階級でなければならず、フェローの妙な向上心が際立ち、滑稽にも映る。そもそもリドリー・スコットには自尊心への探求欲が強くあり、それが作品を作り続ける中で次第に洗練され、描く対象が誇り高い存在へと美化されていったのかもしれない」

内海陽子さんのリドリー・スコット論「誇り高き者の確執、愛憎」は、佐野亨編『リドリー・スコット』(辰巳出版)に掲載されています。このムックでは、多くの筆者がリドリー・スコット監督の作品について論じています。どうしても自宅で暮らす時間が多いいま、このムックをガイドにして、ファンを常に喜ばせてきたリドリー・スコット作品を、ご覧いただければと思います。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

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