インド経済は世界をリードするのか(2)モディは鄧小平か、それとも田中角栄なのか

ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党が単独で過半数を取れなかったことで、インドをめぐる情勢は急激に流動化している。もちろんモディは与党連合を組んで多数派を形成する予定で、勝利宣言も派手に行った。しかし、モディを支持してきたインド財界にはかなりの痛手になると見られ、株価も一時20%前後下落した。今回の選挙はこれまでのモディに対する「レファレンダム」などとも言われたが、結果は黄色の要注意となりそうである。

ここではグラフを多く掲載している英経済紙フィナンシャル・タイムズ6月5日付の「ナレンドラ・モディは選挙で過半数を取れずショック」との概説を参考にすることにしたい。まず、選挙の結果を見てみよう。グラフで明らかなように、5月4日の夜の段階で、モディのインド人民党と国民民主同盟の合計は293議席を獲得。全体の議席数が543だから過半数の272は超えているので勝利といえないことはない。

しかし、モディは人民党だけで過半数を超え、さらに与党連合で300を目標にしてきたので、目標からみればぱっとしない成績だったことは間違いない。しかも、前回、2019年の選挙と比べると、あまりに後退が激しいので愕然とした与党支持者もいたことだろう。もちろん、前回は勝過ぎたとの見方もあって、それがいま批判されているモディの独裁的手法につながったとの見方もある。

なかでも、モディがショックを受けているのは、ウッタル・プラデュ州での結果で、ひとことでいって「惨敗」なのだ。しかし、これなど客観的に見れば不思議でもなんでもなく、もともとイスラム寺院だったものを強権発動してヒンズー寺院に作り替え、選挙の4カ月前にその竣工記念の儀式に出席したばかりなのである。

いかに75%ほどがヒンズー教徒のインドであっても、国内に14%いるイスラム教徒をコケにしたような振る舞いは、イスラム教徒でなくとも首をかしげるだろう。同州での惨敗にはモディもかなりのショックを受けたらしく、フィナンシャル紙によれば5月4日夕刻にデリーでの演説で「UPについては残念至極」とストレートに無念の思いを表明したそうだが、ここらへんに状況が読めなくなった面が現れているかもしれない。

もちろん、これだけではない。急速に経済を発展させて世界中に称賛されたモディ政権だが、実は、財閥に有利な政策を続けており、貧困層にはほとんど恩恵が回っていないとの指摘もある。それは多少大げさな見方だとの指摘もあったが、「あたらしい労働力を労働市場に繰り入れるのに失敗してきた」ことは間違いなく、また、前回の記事でも紹介したように、急激な経済成長を遂げていることは確かでも、ひところの中国ほどの速度は見られない。

今回の選挙結果を受けて、国民会議派を中心とする野党連合のインド国家開発包括同盟は4日夕刻時点で234議席を獲得し、激しくモディを批判しながら、勝ってもいないのに一部の関係者が勝利宣言をする勢いである。しかし、モディが完全に敗北したわけではないことは確かである。

フィナンシャル紙は現地のジャーナリストで作家のコメントを最後に引用している。「インドの民主主義が危機に瀕しているわけではないし、野党が批判していたようにあらゆる制度がモディのものになったわけではない」。モディ政権もまだまだ先があるということだ。それが一生支配者となるのか、途中で中断されることになるのかは、いまのところ不明である。

【付記:6月5日19:00】午後になってフィナンシャル紙が最終結果にもとづくグラフを発表した(下図)。それほど新しい知見はないが、最終的にどうだったかは重要だろう。中国との違いについては、特に述べなかったが、最も大きいのは中国がアメリカが開始したグローバリズムに巧妙に便乗して、「世界の工場」かつ「世界の消費地」になりおおせたことだった。インドの場合にはこうした僥倖は恐らくないわけで、他の新興国と地道に競争しながら成長するしかない。

中国を含めて欧米の資本主義にキャッチアップするさい、民主主義の育成よりも経済を優先させる体制を「開発主義」あるいは「開発独裁」と呼ぶことが多かった。最近はあまり使われなくなったが、この点、インドはいちおうは民主主義を尊重したかたちを取っている。ここらへんが、これからのモディ体制の試練になるわけで、鄧小平のように死ぬまで権力を維持できる共産党独裁体制とは異なる。

さらに、いまのインドを見ればわかるが、後発の経済発展国の場合、外交と内政と経済において、かなり難しいバランスが求められることになる。モディ体制はロシアや中国に接近しているが、アメリカとの関係も維持しており、いずれからも利益を得ようとする欲張りな綱渡りを続けている。これが難しくなるのは、モディが失脚したときで、国民の判断がモディ体制をどのように評価するかにかかっている。これはかなり微妙な駆け引きとなっていくだろう。

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