ポスト・コロナ経済の真実(1)イーロン・マスクのツイッター買収が示唆する近未来

イーロン・マスクがついにツイッターを買収した。彼は「鳥は解き放たれた」とツイートした。シンボルの鳥になぞらえて、これまでの拘束から解放されたというわけだ。いまは多くの人が新ツイッターの可能性を語っている。しかし、そのいっぽうで経営を維持するという観点からすれば、あまりに困難な問題が待ち構えている。

ツイッターの買収劇はすでに世界中で膨大な報道がなされた。いま、始まっている議論はイーロン・マスクの新ツイッターがどのように変容していくかだ。英経済紙フィナンシャルタイムズ10月28日号は「イーロン・マスクはツイッターで何をするのか」を掲載して、いくつかの「未来像」を提示している。

マスクがこれまで主張してきたことからすれば、ツイッターは「発言の自由の絶対主義」に従うわけだから、たとえば米元大統領ドナルド・トランプに行ったような、アカウントの剥奪はしなくなることが予想される。これまでは、他のSNS同様、甚だしい差別的発言や陰謀説の発信者に対しては、一定の基準のもとで発言を制限もしくは不可能にしてきた。マスクのツイッター買収をトランプが大歓迎しているのは当然だろう。

しかし、マスクの新ツイッターはそうした変化だけではない。まず、これまでの経営陣をすべて解雇して、すぐに自分のプロファイルを「チーフ・ツイート」に変更した。そして次のように述べて、これからのツイッターを示唆している。「ツイッター買収はXを創ることを加速することになる。つまり、万能アプリになるわけだ」。この種のアプリはすでに前例がいくつかあり、ユーザーはひとつのアプリでメッセージを発信するだけでなく、買い物をして、支払を行い、税金も払えるタイプのSNSに変わるということらしい(図版:ft.comより)。

さらに本人だけでなく、多くの論者が新ツイッターのもつ他の可能性について語っている。たとえば、エクイティ投資家のチャンペン・ツァオは「仮想通貨やブロックチェーン技術を取り入れることもできる」と夢を膨らましている。ハーバード・ケネディ・スクールのジョーン・ドノヴァンはマスクがペイパルの共同創設者であることを指摘しつつ、金融の在り方を変えるかもしれないと述べる。たしかに、ツイッターで世界の2.5億人のお金が一斉に動けばすごいインパクトになるだろう。ただし、「それはツイッターのパワーが通貨を不安定にする危険もある」と警告するのも忘れていない。おそらく、発火温度のきわめて低い経済が生まれるのではないか。これはもうすこし慎重に検討する必要がある。

同紙はこの点、あまり深く突っ込んでいないが、ワンストップ型の金融および情報アプリと、影響力の絶大なチーフ・ツイートの組み合わせは、かなりのリスクを生み出すことになるだろう。マスクが仮想通貨について軽い冗談を言っただけでビットコインが乱高下し、秋田犬がシンボルの新しい仮想通貨が生まれた。また、素人が大勢参加している投資アプリ「ロビンフッド」が、信じられないような株式の乱高下を生み出し、ヘッジファンドを巻き添えにして危機にいたったことは、まだ記憶に新しい。

いっぽう、ペンシルバニア大学ウォートン校の教授ピナー・イルディリンは、「これからツイッターは広告をこれまでよりずっと効果的にすることができる」と指摘している。「果実を手にするのに困難はないはずだ。ツイッターにはもっと多くの広告主が群がるだろう」。世界的な広告組織グループMのキーリィー・テイラーも、マスクはこれまでの考えを変えて、広告の新しい可能性に挑むと予想している。こうした指摘はマスクがツイッターによる広告拡大に懐疑的だったことを知っていて行われているのである(写真:ft.comより)。

新しい可能性を論じる人は多いが、いっぽう、そう簡単ではないと指摘するメディアもある。例によって英経済誌ジ・エコノミスト10月28日号は「ついにイーロン・マスクがツイッターを買収した」との記事で、たとえば、広告についての考えが変わっていることを認めつつも、資金の調達方法などを指摘しながら、新ツイッターがマスクの自由になるという予想に対して懐疑的だ。

まず、同誌が取り上げている広告についての考えの変化だが、マスクは10月27日に次のように述べているという。「私は広告については次のように考えている。正しく行われるならば、素晴らしいことになるわけで、利用者にエンターテインメントや情報を提供するだろう。ダメな広告はスパム同然だが、良いものはコンテンツそのものだ」。なんだかご都合主義的なのが気になるが、広告業界にとっては期待できる発言といえる。しかし、正しい広告だけを載せる良いコンテンツだけのメディアになれるという保証は何もないのである。(写真:The Economistより)。

同誌が新ツイッターについて必ずしも楽観的でないのは、まずひとつはSNS経営の難しさだ。これまでツイッターには有料の「ツイッター・ブルー」というオプションがあったが、これはひとつのアカウントについて1カ月で4.99ドルのコストがかかる。しかし、アメリカの平均的ユーザーの1カウント1カ月あたりにもたらす広告収入は6ドル程度で、このレベルではとても十分なリターンとはいえないという。そもそも、これまでのツイッターは他のSNSに比べて「過剰雇用」で、幹部だけでなく社員の削減も不可欠であり、すでにかなりの解雇や今回の買収による自主退社が進んでいるというが、そのために生じる弊害は小さくないだろう。

もうひとつ、まるでマスクが全能の神のように、新ツイッターを支配できるかのように報じられているが、ツイッターもひとつの事業体であることを忘れてはならないという。「マスクはツイッターに関するかぎり金目当てでないことは確かだ(なにせ250億ドル[7月現在]の市場価値の企業を440億ドルで買ったのだから:東谷)。しかし、今回の買収に協力した金融機関やファンドは、おそらく投資に対する十分なリターンを求めているだろう。ツイッターは解放されたかもしれないが、そのオーナー自身は買収費用440億ドルの鳥籠に、閉じ込められてしまったのだ」。

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