ポスト・コロナ経済の真実(14)経済低迷の中で中国製EVが躍進する謎

中国経済が落ち込むなかで、唯一、気を吐いているのがEV(電気自動車)の輸出である。もちろん、これだけで巨大な経済を支えられないが、内情を見れば中国の窮状だけでなく、世界経済の今後にも大きな影を投げかけていることが分かる。グラフをじっくりと見ることで、これからの世界経済を占えるかもしれない。

中国経済が低迷していることは、このサイトやブログでもデータを取り上げながら紹介してきた。膨れ上がった不動産バブルの崩壊と、ゼロコロナ政策の破綻によって生まれた、恐るべき不安の蔓延によって、消費の萎縮や失業率の拡大した。そして、それはいまや貿易や観光を通じて日本にも及んでいる。中国は団体の海外旅行を解禁したが、すでに来ていた個人的旅行者の購買行動からして、(団体旅行者は個人的旅行者より消費がさらに地味だから)かつてのようなインバウンドは期待できないことが予想されているのだ。

そのなかで、いまも明るいニュースとして紹介されているのが、中国製EV輸出の急速な拡大である。英国経済誌ジ・エコノミスト8月10日号「中国はいかにして自動車輸出のジャガノートになったか」に掲載された、グラフ①を見れば明らかなように、コロナ禍からの立ち直りのなかで、中国製の乗用車輸出の増加は、日本やドイツの回復などとは比較できないほどの勢いを見せている。このままいけば、世界の乗用車市場は中国製によって席巻されるのではないかと思われるほどだ。ちなみに、ジャガノートとはインドの神の名前で、お祭りのさいに山車の車輪に轢かれて死ぬと天国に行けるとされ、大量の死を要求する神として知られている。

話を戻すと、この乗用車輸出ブームのきっかけとなったのがイーロン・マスクのテスラEVの中国生産が開始されたことだ。短い準備期間をへて、いまやまさに昇竜のごとくブームの嵐と雲を呼んでいると見えないこともない。グラフ②を見れば、内燃機関やハイブリッドの乗用車市場ではいまも日本製が多いが、将来性のあるEVに関しては中国製のEVであることが一目瞭然であるかのように思えてくる。

しかし、物事には表と裏があり、いまの中国製EV輸出急伸にも表と裏がある。まず、中国製乗用車の輸出先がどこかといえば、グラフ③であきらかなように、そのかなりの部分が世界の経済制裁を受けているロシアであることは無視できない。「2023年の上半期にロシアが輸入した中国製乗用車は30万台、45億ドル相当に達しており、この7月には中国製が輸入乗用車全体の80%を占めている」。

これだけのデータからあれこれいうのは危険かもしれないが、まず、EVについて考えてみると、中国製EVに世界的な注目が集まっているのは間違いないものの、「輸出乗用車のブランドはかなりの部分が欧米のもの」である。「アメリカのテスラが10分の1を占め、さらに英国ブランドとして始まったMG、そして今は中国資本となったがスウェーデンのブランドであるボルボなどが売れ筋である」。

EVのブームが中国製乗用車の輸出に貢献していることは間違いない。中国の製造業にとっても、電気自動車は内燃機関の自動車にくらべて構造が比較的シンプルなので、自国製の製造を加速するのにずっと有利だといわれる。そこで中国政府の援助もEVに傾いており、EV技術への政府投資は2009年から2019年までの間に1000億ドルに達しているといわれている。「いまや、中国内での自動車販売の5分の1、輸出自動車の3分の1を占める」。

「中国の輸出ジャガノートは、おそらく、すぐには勢いがなくならないと思われる。あるコンサルタント会社の予想によれば、中国製のEVの売上は2030年までに900万台に達し、2020年の日本の自動車輸出台数の2倍になると予想されている。中国製ブランドの名前は西側諸国ではあまり知られていないが、製造費が中国製はドイツ製の40%ですむといわれ、いまもブラジルなど新興国では人気のあるEVとなっている」

しかし、いつものように「よいデータは悪いデータと張り合わせ」であって、EVは高くつくのに驚くべき低価格で中国が輸出できるのは、中国政府の積極支援によることが大きい。ということは、実は、電気自動車はまだ中国産業の真の稼ぎ手とはいえないことを意味する。そもそも、そうした政府支援によって生じている安い価格の中国製EVに対して、テスラなど欧米EVメーカーが苦しい低価格競争を強いられて、政治的にも問題視されていることは知られている。

「いまもなお中国製EVは急速な上昇が続いている。中国のEVメーカーは巨大な売上で注目されていくかもしれない。しかし、本当の意味でお金を稼いでいるわけではないのだ。EV産業は中国において政府援助によって加速され、また、一時的な停滞の後に最近も新しい援助が追加された。しかし、政府は援助を永遠に続けるわけにはいかないのである」

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