ポスト・コロナ経済の真実(11)テレワークは生産性を高めるという幻想の終わり

テレワークあるいはリモートワークと呼ばれた自宅での仕事が、すでに大きな転機を迎えている。パンデミックの最中に発表された、生産性が向上すると指摘した研究も、つぎつぎと見直された。すでに、パンデミックで急進していた、テレワーク支援型の企業の株価も暴落してしまい、いまやテレワークが幸福な環境をもたらすという幻想も消えつつある。しかし、まだ残っている微妙な問題がある。

何かに転機が訪れると、皮肉の効いた記事を掲載するのが英経済誌ジ・エコノミストで、今回も同誌6月28日号が「家での仕事という幻想が消えつつある」を載せている。ただ、ちょっと皮肉がいつもより弱い。というのは、テレワーク(リモートワーク)がまったくなくなるわけではないこと。また、残ったテレワークも、労働者にとって有利な状況をもたらすとは限らないことが、ほの見えてきたからである。

まず、最初に見ておくべきことは、パンデミックの最中にもてはやされた、テレワークの研究やレポートが、実は、再検証してみると正しくなかったことが分かったということである。しかも、正しくなかったことが分かった研究やレポートというのは、ちょっと慎重にデータを見直せば素人でもわかるようなものが多かった。

たとえば、2020年にハーバード大学博士課程の学生が発表した研究は、オンライン通販の被雇用者たちをオフィスから自宅勤務に変えたところ、1時間につき8パーセントも電話使用回数が増えたというものだった。それだけ仕事をするようになったということだと当時は思われた。ところが、このレポートの改定版がニューヨーク連銀から刊行されてみると、電話使用は増えても仕事の効率のほうは4%も下落していることが明らかになった(図版:ジ・エコノミストより)。

様々な再検討が行われているが、カルフォルニア大学ロサンジェルス校の2人の研究者が2013年に発表したインドでの研究でも、同じような結果が出ていたことが分かった。この研究ではオフィスと自宅での生産性を比較したものだが、自宅で作業を行った被雇用者のほうの生産性は18%も低かった。

また、マイクロソフト社の62000人の被雇用者を対象にした研究では、社内で専門的なネットワーク上でのやり取りを行うと、どうしても活気がなくなり孤独感が募ることがあきらかにされている。「これはコロナ・パンデミックの間中、仕事をダイニングルームのテーブル上でやるはめになった人たちならば、別に驚くべきことではない」。同誌はこうした現象を、企業組織研究でノーベル経済学賞を受賞したロナルド・コースが述べた「コーディネーション・コスト」が増えたからではないかとしている(イラスト:ジ・エコノミストより)。

日本でもアメリカとの比較で、いかにテレワークの採用率が低いかを嘆くようなレポートが多かったが、よく読むと、日本の数値は実際の採用率で、アメリカの数値は採用を決めた企業の割合だったりした。これでは正しい比較とはいえない。しかし、この種のリポートが日本においていくつも発表され、しかも、それがコロナ禍が終わってからも続くと予想されていた。これは明らかにテレワーク関連ビジネスの普及を狙ったものといえるが、採用率が下がってもテレワークが存続するという点は、当たっていたといえるだろう(図版:日経クロステックより)。

同誌の前出記事は、テレワークの残存によって安い給料の労働者が増えることを予測しつつも、それが労働の価値観や生活形態の選択に幅を広げる可能性があるとして、「少しばかり安い給料ならオフィスと自宅を選択できるなら、会社の管理職にとって有利な取引になるかもしれない。多くの人にとって、将来はオフィスと自宅での労働の混合になるかもしれない」と述べている。

同誌においては、ある意味でも、もっと楽観的な可能性も予想されている。「オフィスか自宅かのバランスは、自宅からオフィスに回帰する方向に進む傾向のほうが強いかもしれない。それは職場のボスは部下がラッシュアワーで苦しむのを見たいからではなく、この方向に生産性も上昇する方向が見いだせるからだろう」。

しかし、自宅労働が残ったりハイブリッドになった場合、コロナ禍での対応策が残存することが、必ずしも良いことばかりとは限らないのが問題なのである。米経済紙ウォール・ストリート紙7月4日付の「リモートワークはあらゆる仕事で継続する」は、単なるテレワークの好ましい残存を述べている記事ではない。「パンデミックの時期よりずっと多くの時間が、低い収入の労働者、低学歴労働者、サービス業の労働者によって自宅において費やされる」という内容なのである。それもパンデミックの時期より多くなるという(以下の図版:ウォール・ストリート紙より)。

それは結構なことだという経営者や労働者もいるかもしれない。しかし、これは収入格差の点からいっても、学歴格差から見ても、そして労働生産性の観点から述べても、かなりの問題を含んでいる事態である。このレポートについては、もっと材料がそろった時点で再検討してみる必要があるかと思うが、基本的前提においてあまり恵まれていない労働者たちが、自宅(たぶん狭い)の台所で、面倒な入力作業や計算などに張り付いている人が増えるということだ。

日本の場合には、さまざまな比較データが本当だとすれば、テレワークへの傾斜が強くなかった分、オフィスへの回帰も速やかで、それはすでにかなり完了しているだろう。もちろん技術系のテレワークはハイブリッドへと「進化」して、将来の気分のよい働き方と生産性の向上へとつながっているかもしれない。しかし、欧米で発表される「新しい働き方」を鵜呑みにしていると、労働環境の向上と生産性の上昇という話が、いつの間にか労働環境の劣化と生産性の低下に転じてしまっていることも、気が付かないでいるという事態も、十分にあることを忘れるわけにはいかない。

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