正念場を迎えた4つのカップル;『もっと超越した所へ。』のいい加減で深刻な情熱

『もっと超越した所へ。』(2022・山岸聖太監督)

 映画評論家・内海陽子

 クズ男に振り回される気の好い女たち4人の奮闘記、という体裁のにぎやかなラブコメディ。よく見ると男たちはそうクズでもない。第一、誠実でよく働く立派な社会人、というような男を映画の中に置いても面白くはない。この映画の中で右往左往する男たちは、昔からどこにでもいるお気楽人間で、詐欺師でもなければ、タチの悪いヒモタイプでもない。4組の男女がじたばたする様子は、今様『夫婦善哉』4態とでもいうべきもので、男たちは単にしっかり者の女を嗅ぎ当てる才能を持っているというだけのことだ。

 2020年の正月が過ぎた頃。スーパーで買った重い米袋を持ってくれたのが嬉しくて、昔の友達・怜人(菊池風磨)をアパートに入れてしまった真知子(前田敦子)。彼は彼女を心配する振りをして居座ることに決めていたようで、真知子はその愛嬌と押し強さにのまれ、彼の滞在を許してしまう。いくら知り合いとはいえ、そんなに簡単に心を許していいのかと思う暇もなく、ベッドで服を脱がされる。伶人は、真知子の心の欠落感を素早く察知して主導権を握ってしまう。

 3月14日のホワイトデーがやって来た。鈴(趣里)は子役出身のタレントで、同居人はゲイでお坊ちゃまの富(千葉雄大)。彼は自己中心的で自慢好きだが、風貌がけっこうかわいい。ゲイと納得したうえで同居を始めたのに、どうやら鈴は富に恋してしまったようで、こみ上げる自分の感情を扱いかねている。富は「鈴ちゃんがきれい好きな人でよかった」と能天気にかわしながら、現状を楽しんでいる。彼女が自分に好意を持っていることに気づいてもそ知らぬふりができるのは、ゲイのたくましさだろうか。

 同じ日。服や家財道具でちらかった部屋で、美和(伊藤万理華)と泰造(オカモトレイジ)はじゃれ合っている。泰造は独占欲が強いが、美和は怒らずに受け流している。記念日のプレゼントとして、彼は歯にはめて変装を楽しむ“グリルズ”を彼女に贈り、自分も装着する。大いに盛り上がった二人だが、彼女はどうも体調がよくなさそうだ。高価な美顔器の支払いと言って外へ出た彼女は、どこかへ送金している。ちょっと訳ありの様子だ。

 同じ日。風俗店の一室でおにぎりをほおばった後、七瀬(黒川芽以)は、常連の客、慎太郎(三浦貴大)の愚痴を優しく聞いている。さっぱり芽の出ない俳優の彼は彼女に愚痴を聞いてもらっているのに、彼女を軽侮して自分の小さなプライドを守っている。今、一緒に仕事をしているという若手監督の悪口は、どうやらでっち上げのようだが、それでも七瀬は機嫌を損ねず彼に付き合っている。気のいい風俗嬢だ。

 ふと、時間が巻き戻され2018年8月31日になる。この時点で、4組の男女は全く違う組み合わせで、それぞれの部屋で過ごしている。まさか順列・組み合わせのように男女のシャッフルが繰り返されるのではないかと身構えたが、そういう風にはならない。つまり、かつてのカップルはうまくいかなくなって別れたわけで、同じことがまた起きようとしている、とようやく全体の構造が見えてくる。彼ら8人は、過去の交際の傷やこだわりを抱えながら、現在をどうするかという正念場に来ているのである。

 真知子がお米を買うシーン、鈴がお米を研ぐシーン、七瀬がおにぎりを食べるシーンと続くと、やはりおにぎりをほおばる七瀬がやるせない。まだまだ若く何度でもやり直しの利くほかの女たちに比べると、七瀬には生きる上でのはっきりした責任が生じているので、にぎやかな場面展開にもかかわらず、唯一、地に足がついており、生きて来た道を想像させる。黒川芽以のしぐさには想像力をくすぐるほどよい情感がある。

 男女の色恋沙汰は、年を重ねたカップルのほうに味があるのは当然で、見終えてからも、黒川芽以と三浦貴大が好演するカップルがこれからどうやって生きて行くのか、と想像するのがわたしには楽しい。その想像は目新しいものではなく、古今東西、多くの男女が経て来た道のりを感じさせるものだが、ありふれているという印象はない。それどころか、今この瞬間も、多くの男女が同じような事態を迎えて苦悩したり決心したりしているであろうことが察せられる。そこが『夫婦善哉』を連想させるのである。

 注目される演劇人、根本宗子の人気舞台劇の映画化で、舞台上では、男女の喧騒具合がまた違うテイストで表現されているのだろうが、映画としての見せ方も頑張っている。それぞれのカップルはセカンドチャンスどころか、3回目も4回目も可能な“いい加減さ”をにじませつつ深刻さを回避する。深刻になったところで、それがいい状況を生むわけではない。今はこの男(この女)と一緒にもう少し頑張ってみるか、という前向きな姿勢を応援したくなる。だめだったら、また“チェンジ”もありだ。そうやって情熱を忘れずに生きて行けば、きっと明日は今よりほんの少しだけ素敵になれる。

◎2022年10月14日より公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

 

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