心が晴れ晴れとする作品;『五億円のじんせい』の気性のよさ

『五億円のじんせい』(2019・文晟豪監督)

 映画評論家・内海陽子

「かわいい子には旅をさせよ」というが、かわいいわが子を危ない世間に出したいと思う親はまずいない。ましてや、幼いころに心臓の難病を患い、奇跡的に生き永らえたわが子であれば、できるだけそばに置き、毎朝、毎晩、顔を見ないではいられないだろう。望来=みらい(望月歩)の場合は、ご町内のおじさん、おばさんがすべて“心配性の親”のようなもので、登下校の際にも愛情にあふれたまなざしを浴びせてくる。「俺を知ってるやつ、みんな消えろ」と彼が思うのもわからないではない。

何しろ彼の心臓移植のために必要な五億円を町内の方々が集めてくれ、彼はそのおかげで生き延びたのである。彼の将来に対するみんなの期待は大きく、彼もそれに迎合するように「医者になりたいです」と口走ってしまうが、それほどの能力も意志もないので、自己嫌悪と罪悪感が日々募るばかり。生きれば生きるほど、凡人以下のクズであることがばれていく……。みんなが消えないなら自分が消えるしかないと自殺をほのめかせば、SNSで「キヨ丸」と名乗る人間が言い切る。「五億円稼いでみろ」。

 その言葉に背中を押されるようにして旅に出たものの、世間は得体が知れず、親切そうなホームレス(平田満)もいれば、闇のバイトへ誘う不逞の輩もいる。その中にひとり変わり者(森岡龍)がいて、苦境に立った望来のためにひと肌ぬぐ。彼が、人を異界へと誘うメフィストフェレスなのは明らかだが、このメフィストフェレスは酔狂で、彼に生きるヒントを乱暴に告げる。そして「君はやさしくされて生き残るタイプ、おめでとう!」と投げやりに言って突き放す。投げやりだがいままでの彼の人生を言い当てており、今後の確かな指針にもなるので、望来も観客もなんだかほっとする。

 心のよりどころができるというのは素晴らしいもので、いじいじと悩んでいた昔が嘘のように、望来は積極的に働きだし、バイト先の誰にも可愛がられ、可愛がられることに喜びを覚えるようになる。それは、今までのように猫可愛がりされるのではなく、彼個人の働きぶりと人間味が評価されているのが明らかだからで、彼はどうにかこうにか生きる手応えを得たことになる。こうなると“五億円モンダイ”はおまけのようなものである。

 この映画のめざましい点は、心臓移植にかかわる諸問題を深刻に考えさせるのではなく、まずはかかる費用の問題に特化して恩と義理の関係を考えさせ、次にそれを取り払い、生きる意欲の問題に一気に高めてみせるところにある。ホームレスに託した宝くじが当たっていて、のちに五億円弱が少年の手に渡っても、彼が驚喜することはなく、呆然としながら着実に処理する姿勢がおかしくて悲しい。この映画は一攫千金の面白話ではなく、特別な才能はないが人好きのする少年と彼を助ける人間を描くものであり、ポイントは、彼が自分を愛する人間と堂々と渡り合える自信を得ることだからである。

 このホームレスと望来のふれあいのエピソードはごく短いものだが、俳優・平田満の持ち味を存分に生かして忘れがたい印象を残す。少年がどうして親切にしてくれるのかと問うと「気に入ったやつの面倒を見るのは楽しい、それが俺の得だ」と答えるときの淡淡とした表情。前夜、賞味期限切れのおにぎりを食べなかった彼のために、朝食のサンドウィッチを購入しておく繊細さ。こういう人間に気に入られたということそのものが、望来の未来を保証する。「人にやさしくされて生き残るタイプ」であることをしっかり受け入れた彼は、生き残る責任が生じたことを腹の底で知る。

いじわるな「キヨ丸」の正体も、自殺願望の強い女子の登場も、はなから望来の人生を祝福していたということがわかるころには、観客は、ご町内のおじさん、おばさん、同級生と同じ場所に立つ応援団になっている。応援団が望むことは、応援する相手が立派な医者になることや、世界に名をはせる偉人になることではない。他人の愛情を素直に受け入れ、のびのびと生きて幸せになることである。シンプルな真理をユーモラスに差し出すその手つきに、この映画の気性のよさが薫って心が晴れ晴れとする。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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