年を取るってすばらしいこと;波瑠と成田凌の『弥生、三月』

『弥生、三月―君を愛した30年―』(2020・遊川和彦監督)

 映画評論家・内海陽子

 よく中学校や高校の同窓会が楽しみでならないという話を聞くが、残念ながらわたしには豊かな交友の記憶がなく、そういう感慨を覚えない。ましてや、久しぶりに再会した同窓の男女が懐旧の念とともにうっかり恋に落ちるというような物語を見聞きすると、正直、退屈する。誤解を恐れずに言えば、若いころの数年間が人生の最も輝かしい時期だなんてさびしいではないか。

 若いころの輝かしさというのは、あくまでもきっかけにすぎない。おおかたの人生は長く続くのだから、その間に起きるさまざまなことの中に生きる妙味があるはずである。この映画は「好き」といいそびれた男女が長い時間をかけて思いを伝えあう様子を描くが、なにより魅力的なのは二人の心情の強さである。それがわたしを引きつける。

 始まりはヒロインの弥生(波瑠)が路線バスを追いかける姿だ。気性は激しく、彼女の抱えているものは“怒り”である。親友のサクラ(杉咲花)の病気を曲解して噂を広める同級生に、こんこんと説教する弥生に恋してしまった太郎=サンタ(成田凌)は、ぼんやりした自惚れと野望を持つサッカー少年である。彼がプレーする姿に胸ときめかせるサクラを応援する弥生だが、サクラから見れば、弥生とサンタがお似合いの二人なのである。

 若い時期にはよくあることで、たいていは時間がうまく解決するものだが、サクラの死が“お似合いの二人”の心を縛ることになる。二人は思いをこらえ続ける。忍従の物語といってもいいだろう。こういう時に肝腎なのは、演じる者の表現の強さである。そのために選ばれた波瑠と成田凌は、生きる身に降りかかるいくつもの苦難に驚愕し、とまどい、落胆する二人をくっきり表現する。二人の心情はあやふやなものにならず、観客にまっすぐ届く。演じる者の背骨がしっかりしている。

 たとえば、桜の大木の下に設けられたサクラの墓で二人がすれ違うシーンがそうだ。思うようにいかない人生をサクラに訴えに来たサンタが、ふと顔を上げるとやはり墓参りに来た弥生の顔が見える。手を挙げようとすると、後ろに同行の男性がいる。とっさに大木の陰に隠れたサンタは躊躇するが、声をかけることができず静かに去っていく。声をかけられないところに恋心があふれる。彼はまたしてもこらえてしまった。その気持ちが遠く去る後ろ姿ににじむ。わたしはそれに異を唱えようとは思わない。

 まったく同じシーンが、男女が逆転して描かれる。絶望の淵に立たされた弥生がサクラの墓を詣でると、しばらくしてサンタがやって来る。今度は弥生が隠れ、やはり声をかけられない。彼女の場合は、こらえるという以上に自分を罰するような気持ちだろうか。その姿に対してもわたしは異を唱えられない。このときの彼女の判断は、それしかないと思えるものだからだ。二つのシーンには、ただのすれ違いではない、男女それぞれの明晰さがある。だから観客にもどかしい思いをさせないのである。

 むろん、物語としてはここらで奇跡が起こらなければならない。サクラの遺した録音テープが30年も経ってから届けられ、あたたかな洞察力に満ちた声が、弥生の凍りついた心を溶かす。彼女の中にあるすこやかな怒りがまた燃え盛り、今度はサンタの息子あゆむ(岡田健史)の窮地を救う。そうやって、弥生は人生の無鉄砲な時期の活力を取り戻し、そんな彼女を見て、サンタは初めて恋した時の活力を取り戻す。いまの二人は若い時期と同じではない。もっともっと深く若々しく恋する者として互いに向き合うのである。

「年を取るってすばらしいことだよ、わたしもしわくちゃのおばあちゃんになりたかったな」。18歳のサクラの達観した甘いささやきは、シンプルであるからこそ胸にしみる。カレンダーが一枚、一枚、はがれるような場面転換の手法がはかなくて素敵だが、一枚、一枚剥がれ落ちるその数の多さは失われてゆくものの象徴ではない。それはむしろ希望へ向かう年月の象徴なのである。命が尽きるその瞬間まで、きっと弥生とサンタはフレッシュな恋人同士だろう。気高い贈り物をもらったように胸がふくらむ。

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の新刊が出ました

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