今のバブルはいつ崩壊するか(10)米中からのコンテイジョン(伝染)

すでに多くの人が認識しているように、中国の武漢で始まった新型コロナウィルス肺炎の感染は、日本人の第2次あるいは第3次感染によって死者が出る段階へと移行した。武漢での感染が拡大して経済へ波及する事態から、感染自体が遠隔地へ波及して、そこから新しい感染過程が始まる事態へと移ったわけである。

すでにロバート・シラーのバブル理論が、感染症流行を分析する疫学を取り入れていることは繰り返し紹介してきたが、実は、バブル経済の経済学研究での「感染」あるいは「伝染」への言及は、以前から行われてきた。たとえば、わたしが初めてこうしたアナロジー(比喩)を目にしたのは、1997年のアジア危機を分析したレポートだった。

タイのバブル崩壊が周辺のインドネシアやマレーシアだけでなく、ロシアやブラジルにまで波及していく事態は、まさに感染症流行が遠隔地で突然始まる様子と似ていたわけである。ただし、こうした事態を説明する言葉としては、インフェクションやパンデミックではなく、コンテイジョン(contagion)が使われていた。

コンテイジョンを本格的に経済バブル崩壊の研究に持ち込んだのは、ほかでもない、チャールズ・P・キンドルバーガーで、彼の記念碑的著作『熱狂、恐慌、崩壊』の後半部をかざる注目すべき考察である。しかも、第4刷になってから彼は新たに「国内のコンテイジョン」を付け加えて、日本の1990年における「崩壊」に触れている。

前置きが長くなったが、いま「新しい段階」に入った新型コロナウィルス肺炎が、まさに疫学的に日本社会に与える影響を念頭に置きながら、中国経済の来るべき「崩壊」がどのように日本経済に与える影響を考えてみたい。念のために述べておくが、ここでいう「崩壊」とは、クラッシュ(crash)であって、狭義には金融市場とくに株式市場での大暴落、広義においても金融市場の崩壊から生まれる景気後退を意味する。

中国が「危機」だと聞くと、中国全土の政治的分裂とか、中国共産党支配の終焉だと言いたがる人には申し訳ないが、大きな経済的な後退は伴ったとしても、必ずしも政治的あるいは、中国がなくなるような文明史的な意味での崩壊ではないことを断っておきたい。

さて、新型コロナウィルスによる肺炎は、いまも致死率は2%台でとどまっており、SARSの9.6%やMERSの約50%などに比べれば、脅威は大きくないように見えるかもしれない。しかし、すでにブログで述べたように、中国政府の慌て方と情報公開の不透明さからみて、それは信じられない。おそらく武漢だけをみても感染は継続しており、経済誌などが願望を含めた予測から「ピークは3月初めころ」と予想していたものの、とてもあり得ない情勢となっている。

たとえば、英経済誌『ジ・エコノミスト』は2月中旬に中国政府の発表データを鵜呑みにしたらしく、「もう少し楽に息がつける」と命名したグラフを作成し、じきに感染はピークを迎え、やがて下降局面に入ると予想していた。それは、ここに掲げたグラフに典型的に表れているわけで、わたしたちはこのグラフの大きな山が、4倍、5倍の高さを前提として、これからの事態を予測していかなくてはならないのだ。

最も憂慮すべきは、感染が進む期間がきわめて長くなるという事態である。すでに縦軸が6万人に近づいているわけだから(2月19日、感染者5万7805人、死者2004人)、単純な計算でも累計のピークを迎えるのは4月、鎮静化するのは6月ころと思われる。もちろん、これもいまの中国政府の発表が正確なものに変わったと解釈してのことである。

連載の前のほうで、パンデミックやコンテイジョンでバブル崩壊を起こした例はないと述べたが、このくらいの長期にわたって感染が続いたときの経済的打撃を考えれば、実体経済への影響はかなりなものになる。シンクタンクあたりが感染初期に算出したGDPマイナス0.4%ではすまなくなるだろう。そのショックは、これまで中国政府が政治的に抑え込んできた不動産バブルと、シャドウ・バンキング(非合法的な信用創造)による不良債権の崩壊を促すものになる可能性は高まるはずである。

ここからは、先ほど触れたキンドルバーガーの歴史的研究や、この数十年の間に日本が味わった体験と照らし合わせて考察していくことにしよう。まず、不動産バブルと株式バブルとの関係はどのようなものなのかという問題がある。つまり、日本の80年代の不動産バブルと株価暴騰、あるいはアメリカの2000年代の住宅バブルと債券バブルは、不動産と株式のどちらが先にバブル化したのかということである。

キンドルバーガーは2008年のリーマンショックを見ることはできなかったが、第4刷に付け加えた新しい章「国内のコンテイジョン」で日本の80年代を取り上げ、これは不動産と株式の相乗的なものではなかったのかと指摘している。注目すべきは、この時期に不動産は急騰していたのに、一般の生活品ではインフレが生じていなかったために、日銀は金利引き上げをしなかったことが大きかったと指摘していたことだ。

すでに述べたことだが、実は、日本の不動産バブルは80年代前半から始まっており、それは日本企業が内部留保を積み上げて銀行からの融資を必要としなくなったため、資金が不動産に流れたことから始まった。しかも、1985年のプラザ合意で円高を是認したことで輸出産業が大きな打撃を受けると判断した日銀は、金利を上げるどころか下げてバブルを助長してしまったわけである。

では、いま世界の不動産はどのような状況にあるだろうか。周知のように中国の不動産バブルはいつ破裂してもおかしくないといわれながら、政府の政治的な緩和措置によりまだその日を迎えていない。もうひとつ注目すべきは、いまのアメリカの住宅バブルだが、シラー指数は、サブプライム問題が発覚して下落する直前のレベルにまで達しており、実は、これもまたいつ崩壊してもおかしくないというのが、ロバート・シラーの判断なのである。

バブルの形成は伝染(コンテイジョン)する、というのが17世紀からの欧米のバブルの歴史を調べつくしたキンドルバーガーの判断だった。そしてまた、バブルの崩壊もまたコンテイジョンするというのが彼の最終的な洞察だった。では、それはなぜなのだろうか。キンドルバーガーは、金融制度がそれほど国際間で密接なネットワークを持たない場合ですら伝染するのは、いずれの場合も心理が強く影響するからだと述べている。

たとえば、1720年のフランスにおいてミシシッピーバブルが形成され崩壊したが、このバブルを生み出したスコットランド人ジョン・ローは、英国の南海会社の前例を踏まえて、政府の負債を解消するためにあやしげな会社をでっちあげて、その会社の株式と政府の負債を交換する詐欺的な方法を考え出した。

この詐欺的政策は大当たりしてたちまち内実のないミシシッピー会社の株式によって政府の負債が激減した。それを見ていた英国政府関係者は、自分たちもジョン・ロー並みにもっと大胆に南海会社の株式をつかって政府の負債を解消しようとした。仏英いずれの場合も途中まで成功したかに見えたが、いすれも崩壊して経済の長期停滞をもたらした。これが「ミシシッピー会社事件」であり「南海会社泡沫事件」である(ジョン・ローについては「歴史・人物」をクリックのこと)。

もちろん、金融制度が世界中に張り巡らされたネットワークを形成してしまうと、こんどは心理だけでなく世界を行き来するマネー、証券、債券がコンテイジョンを生み出すのである。時節がら不穏な言い方になるが、あえていえば「世界がひとつの市場」になった時代には、マネー、証券、債券はバブルのウィルスになり、さらに、バブル崩壊のウィルスの役割を担うわけである。

ちなみに、いまの新型コロナウィルスが国境を越えてコンテイジョン(伝染)しているのは、いかなるメカニズムによるのだろうか。それはいうまでもなく人間の移動によっている。ウィルスのキャリアーが動けば動くほど、その密度が高ければ高いほど、コンテイジョンの度数は高まり、その訪問地域への感染が広がる。それをグラフにしたのが、やはり『ジ・エコノミスト』のこのグラフである。

経済的コンテイジョンに戻るが、2008年のリーマンショックのとき、日本は慎重になっていて、感染源となった金融工学で組成された債務担保証券は、それほど買っていなかった。にもかかわらず、実体経済の落ち込みが先進国で随一だった。これは様々な分析があるが、いわば感染源そのものはあまり入ってきていなかったが、感染症の猖獗地であるアメリカへの輸出依存が高かったことと、特に輸出産業の製造業において、必要以上に生産を控えるという心理的なオーバーシュートが生まれたからだといわれる。

もうすこし、歴史的な事例を述べておこう。1997年のアジア危機のさい、コンテイジョンの現象が見られたことから、キンドルバーガーのような研究者だけでなく、ジョン・タルボットのような経済評論家もコンテイジョンに注目するようになった。リーマンショック後に出版した本のタイトルはずばり『コンテイジョン』(2008年)というもので、彼はその外にも多くのバブルについての著作があるように、投資銀行での経験を生かしたバブル物を書いて人気があった。

さて、このタルボットは経済的コンテイジョンをどのように見ていたのか。彼が挙げている経済的コンテイジョンの4つの経路を並べてみよう。第1に、すでに述べたように金融商品がウィルスとなるケースである。日本はあまり買っていなかったが、ヨーロッパの金融機関は多く購入していて、世界中で最初に破綻したのは英国とフランスの金融機関だった。

第2に、アメリカの住宅バブルが崩壊したのを見て、自国の住宅バブルも崩壊すると思ったときに生じる心理的な恐怖が、バブル崩壊を感染させる原因となる。これは実際、アメリカのサブプライム問題が発覚した時期、英国とアイルランドの住宅バブルも同じように終わりを迎えている。

第3が、バブル崩壊をした国と貿易において密接だった国がバブル崩壊するケースで、タルボットは中国をあげていたが、このとき、中国経済はそれほどの下落を示さなかった(もちろん、中国政府の発表した数値が正しいとしての話だが)。むしろ、例としては先に述べた日本のGDP下落が挙げられる。

第4が、自国の通貨が下落してバブルが崩壊するケース。この場合の実例としては、当時のメキシコが挙げられる。メキシコは金融においてもアメリカと密接だからバブル崩壊は早かったが、さらに、対米輸出も大きく、そのためペソは下落して景気をいっそう押し下げた。タルボットは挙げていないが、当時、英国の通貨も下落して購買力を引き下げ、国民の生活を低迷させた。

こうしてみてくると、今回の新型コロナウィルスにより(中国以外で)社会的な脅威を最も受けているのは日本であり、さらに、経済的脅威を最もうけるのも日本だということになるだろう。春節で遊びにきた中国観光客を、湖北省にいたか否かということ以外、ほとんど何の規制もせずに受け入れた安倍政権はどうかしていたのである。

さらに、アメリカのバブルはおそらく今年の大統領選挙までは持続するだろうが、そのあと、トランプ・バブルがはじける確率は高い。そのとき、日本はオリンピック景気も剥落してしまっているのだから、心理的にも実体経済的にも、米中からくるバブル崩壊のコンテイジョンは、阻止するのがかなり難しいと思われる。

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