コロナ恐慌からの脱出(40)住宅バブルでないという報道の多いことがバブルの証拠

アメリカの住宅バブルがいよいよ来るところまできた感じがする。今回の住宅価格の高騰は異常なものといってよい。しかし、その異常な現象に経済情報メディアはさまざまな理由をつけて、バブルではないと主張している。これこそ、バブルが生じたときの典型的な現象で、何らかのショックがあれば急落を始めるのではないだろうか。

英経済誌ジ・エコノミスト7月29日号の「なぜ住宅価格の上昇はインフレに加算されないのか」は短いながら、ある意味できわめて貴重な記事といえる。この記事は「コロナ恐慌からの脱出(39)米国の住宅ブームはバブルではないという嘘」で紹介した、住宅価格を消費者物価指数に算入しないのは何故かを、改めて簡潔に説明している。しかし、「当局がすべきなのは、住宅市場の効率性を高めること」だというのは正しいだろうか。

同誌が繰り返し説明しているのは、住宅価格は消費者物価バスケットには入らないが、住宅賃貸料が入るのでそれなりに反映はされるということ。また、住宅そのものは資産であってコストではないので、消費者物価バスケットに入らないのはある意味で妥当だということである。ただし、「資産価値(住宅)の上昇は生活費(賃貸料)の上昇よりずっと急激だ」という点は注意すべきだということになる。

しかし、これまでの不動産バブルや住宅バブルの歴史から考えて、インフレ率が上がっていないことをもって、「バブルではない」と判断ミスを犯した例は多かった。たとえば、日本の1980年代の不動産バブルだが、不動産は2倍とか3倍に跳ね上がっていても、消費者物価指数はほとんど上昇しなかった。また、2007年に顕在化する米サブ・プライム問題でも、住宅価格は急伸しているのに、インフレは顕著ではなかったのである。

日本の不動産バブルの場合、日本の土地の総額でアメリカ全土を何十個も買えると言われたが、これは日本経済の将来性を反映したものであり、したがってバブルではないと多くの経済学者が論じた。また、これはバブルだと指摘した経済学者ですら、バブル崩壊は調整に過ぎないから、大きな経済後退はないと断言していた。いま、そういう話をしても信じない人が多くなったが、それはバブルの経験を忘れてしまったからである。

アメリカのサブ・プライム問題は、2008年のリーマンショックおよび世界金融危機を生み出したものだったが、住宅ローン担保証券の組成は先端の金融工学で行われているので、たとえ焦げ付いても軽微なショックで終わるとされていた。また、バブルは崩壊してバブルと分かるので、住宅価格の上昇だけでバブルだと論じることは不可能だといわれた。しかし、日本のケースもアメリカのケースも、いずれもバブルであり、しかも、崩壊以前にバブルであることは予想されていた。

もちろん、バブルという現象につのいて、あらゆる経済学者に共通した定義というものはない。ある経済学者によると市場は完全なので、そこにバブルは存在せず、価格の上下があるだけだという。また、別の経済学者は、バブルは常に部分的で具体的な価格急上昇であって、経済全体でバブルだと決めつけるのは意味がないと断じている。

最近、興味深く読んだものに、Vox.com7月7日にアップされた「住宅バブルは存在するのか 住宅価格はどんどん上昇しているが是正は簡単だ」という記事がある。この記事では、簡単に「バブル」には共通する定義がないことを述べたあとで、いま住宅バブルと言われているものが、実は、根拠不十分であることを、さまざまな理由をあげて指摘している。

たとえば、2007年にサブ・プライム問題が発覚した。この直前に住宅価格はピークに達したので「バブル」と言われるようになったが、2017年には再び当時のレベルに達した。もし、以前のレベルが単なるバブルだったとすれば、どうしていま、そのレベルまで戻っただけでなく、さらに価格が上場しているのか、というわけだ。

また、いまの住宅価格が高騰しているのは、一言でいって金利が低いせいで、いまが住宅ローンによって住宅を購入するべきチャンスだというのは、はたして「バブル」ということができるだろうかという指摘もある。たとえ金利が上がるとしても、いまの金利でローンが払えるならなんら問題はないどころか、むしろ得なのではないというわけである。

さらに、サブ・プライム問題のさいには、ほんらい、住宅ローンを払い続けるのが難しい人たちに住宅を買わせたのが間違いだったとされる。しかし、いまの住宅ローンは、そうした払い続けられない人たちではなく、将来的にも払える人たちを対象にしているので、多少の経済変動があっても、住宅ローンが破綻することは多くないという説明もある。

加えて、今回の住宅ブームは、ミレニアルズ(1981年から2000年にかけて生まれた世代)が住宅を求めているからで、それは実需なのだから、けっして「バブル」ということはできない。実需があるのに価格が急上昇しているのは、単に供給が滞っているからで、それを解決すればいいだけのことだとの指摘もある。

それぞれの議論は具体的で理にかなっているように思えるが、これらの説明でいまのような住宅価格の急騰が続く現象を納得しろいうのには無理がある。以前に異常だといわれたレベルまでリバウンドしたのは、再びバブルが起きているからだといえる。金利が低いのはバブルを崩壊させないためかもしれない。サブ・プライム問題が起こらないのは単にリスクのレベルの問題だろう。実需であっても供給が滞るか需要が過熱すれば、価格はまちがいなく高騰する。

言い換えれば、かつての価格レベルが異常であったのなら、今回のレベルも異常な可能性が高く、金利が低くても住宅に資金が流れ込むには、それなりの理由がなくてはならない。サブ・プライム問題のときのように住宅購入者は低収入ではないというが、それでも2軒分の家のローンを払う(2000年代にもセカンド・ハウスは流行った)のは大変だし、将来の収入に見合わない高価な家を購入すれば同じような事態となる。ミレニアルズが買ったとしても、今のレベルの高騰が生じるとは限らないし、なぜいま彼らが住宅ローンを払えると判断したのかも説明できていない。

実は、こうした一連の現象が生まれたのは、それぞれがバラバラに生じているのではなく、それぞれが心理的に共通した認識によって(錯覚によって)結びつき、そして、相互に加速し合っているからだ。それは、将来的にも、いまのような良好な状態がずっと続くという認識をしているということである。こういう心理状態をしばしば「ユーフォリア(多幸症)」ということがある。

前出のVox.comには、バブルの専門家であるエール大学教授のロバート・シラーもコメントを寄せていて、「バブルと呼ばれるのは、いくつかの市場で価格が上昇して、多くの人の注意を引き付ける時期のこと」と定義している。シラーは経済学に大胆に心理的要素を導入して知られているが、「投機的なバブルが花咲くのは、ある種の思い込みがウイルス感染のような性格をもったとき」であるという。この思い込みの広がりが心理的なユーフォリア、つまり心理のバブルを生み出すのだ。

シラーの「思い込み」「ストーリー」「ナラティブ」については、このサイトで何度も紹介しているが、昨年の大統領選挙のころから、彼はバブルについての発言を控えるようになっていた。今年も株式市場と債権市場との関係については語っても、バブルそのものについては言及していなかった。ところが、5月ころから再びバブルについて、コメントするようになった。特に住宅バブルには懐疑的な目を向けるようになっている。

ある程度、まとまった発言をしているのがcnbc.com5月23日の「trading NATION」で、シラーは「ワイルド・ウエストの心理が住宅、証券、仮想通貨の市場を捉えた」と指摘している。ここでいう「ワイルド・ウエスト」とは言うまでもなく投機的な野心のことで、多くの困難があっても、心理的には「自分には克服可能だ」という積極的な気持ちになることである。「私は、いまのすべての投機的心理を、中央銀行(FRB)の金利政策で説明することはできないと思う。そこには、いまの事態を引き起こしている市場の社会学が存在する」。

「シラーによれば、いまの住宅価格の動きは2003年を思い出させるという。この年の3年後には住宅価格の下落が始まったわけである。彼は、あのときの価格の下落は、次第にゆっくりと始まって、究極的には2008年(リーマンショック)の最終的危機へと向かったという」(同サイト)

もちろん、シラーは自分の発言が及ぼす影響について注意深いので、住宅価格の下落がいつごろ始まるかは述べていないが、同時に株式を含めたいくつもの資産が、インフレーションへの恐怖のために、価格下落を始めるかもしれないと警告している。もちろん、「感染し、発熱させ、いつの間にか消えてしまう」と述べてインフルエンザと比較した仮想通貨についても、「現実よりも物語に動かされている」と指摘し、「仮想通貨の市場はきわめて心理的なものだ」と指摘することも忘れてはいない。

これはバブルだと言われれば、何らかの関与をしている人たちは、そうではないとムキになって否定し、そうではない理由をあれこれ並べる。それは当たっていないこともないが、実は、あらゆるバブル崩壊の前夜とされる時期に、繰り返されてきた歴史的現象であることを忘れないほうがいい。「住宅市場の効率を高めること」は悪いことではないが、心理が完全にバブルに染まっているとき、それは本来の動きをするとは思えないのである。

では、いつアメリカの住宅バブルは崩壊するのか。それは日時を示すことは不可能だが、まず、FRBが住宅ローン担保証券の購入を急激に減らしたときが、ひとつの大きなきっかけになる可能性は高い。また、安全だといわれていた住宅ローン担保証券の組成に疑念が持ち上がったときにも危機を迎える。そして、先に株価が下落を始めたときにも、それまでの住宅価格の高騰の条件が失われたことが分かり、ユーフォリアは消えてしまうだろう。そして何よりも、アメリカ経済がコロナ禍への対応を終えたと見なされたときには、いまのバブルの条件は失われるわけである。

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