コロナ恐慌からの脱出(36)歴史的統計からポスト・コロナ景気を予測する

ちょうどいまから1年前、ポスト・コロナにおける経済を予想してみた(「ポスト・コロナ社会はどうなる(3)世界を『戦後』経済が待っている」。もちろん、当時、予想されたいくつかの要素の組み合わせによる予想で、統計学的に厳密なものではなかったが、そのさい、もっとも重視したのが、これからインフレをどう受け止めるかということだった。

当時、報道されたように、いたるところでサプライチェーンが寸断されてしまい、それがコロナ禍が終ってもなかなか修復されなかったらどうなるか。供給力が落ちているだろうから、経済が急速に回復していくなかで、需要が上回ってインフレになる。それはハーパーインフレなどではなく、10数%くらい、大きい場合には20数%くらいのインフレになる可能性もある。需要は急伸するのに供給がついていけないのは、「戦後」経済の特徴であり、その時、各国の政府は財政再建のためもあって、ある程度のインフレを是認するようになっていくのではないか、という予想だった。

現実には、富裕国のサプライチェーンはかなりの強さを見せ、特に農産物の供給において急激に価格が高騰するという現象は、ほとんど見られなかった。とくに、日本などではむしろデフレ基調に回帰してしまっているので、ポスト・コロナにおける経済がいたるところで、インフレ基調になると考えるのは難しい。ただし、アメリカのように総額6兆ドルものコロナ対策費を支出すれば、3%超あるいは5%に達するようなインフレもあり得るということになりそうである。

これは歴史的な事実に照らしても、パンデミック後の経済と戦争後の経済は、似ているところもあるが、回復期の最初の時期に異なる点が多かったことが分かる。英経済誌ジ・エコノミスト4月25日号は、「歴史はポスト・パンデミック後のブームについて何を語るか」を掲載して、西暦1300年から2018年に至る、ポスト・パンデミック経済とポスト・ウォー経済の統計的な比較をしている。

グラフの②(下図)を見れば明らかなように、戦争が終わるとたいがいはインフレになるのに対し、パンデミックが終わるとしばらくはデフレもしくは横ばいが続く。もちろん、これは統計的にならすとそうだというわけで、場合によってはパンデミックが終わった直後でも、インフレが生じることはある。たとえば、第1次世界大戦のようにスペイン風邪のパンデミックと同時進行だったりすれば、どっちの性格が顕著になるかは予測が難しい。また、いずれの場合の「ポスト」もGDPは上昇するが、そのバブルの形態は異なっている。

「歴史的記録は、戦争やパンデミックなどの大規模な非財政的中断があったときには、GDPはリバウンドする傾向があることを示している。ただし、そのためにはざっと3つほどの関門がある。第1に、人びとがそこから脱出して消費しようと必死になるいっぽうで、将来の不確実性はしばらく続くことになる。第2に、パンデミックは人びとや企業に新しい活動のやり方を促すので、それまでの経済構造が変わってしまう。第3に、19世紀の小説『レ・ミゼラブル』が示しているように、パンデミックの後には政治的な熱狂が起こり、経済にも多くの影響を与えることになる」

ジ・エコノミストは簡単にスケッチしているが、たとえば、第1の関門としては、将来はやはり不確実だということである。戦争やパンデミックが終われば、その間に貯蓄していたお金で消費しようとすると考えるのが普通だが、ときにはこの「普通」が通らないときがある。その例としてあげているのが、第2次世界大戦が終わった直後の消費で、アメリカは1948年から1949年には景気後退に陥った。実は、この現象は、第1次世界大戦の直後も生じており、必ずしも、終われば次はブームだというわけではない。

第2の関門は、戦争やパンデミックが終わった後には、技術革新が進むが、これも常にというわけではないということである。たとえば、1920年代はアメリカでオートメーションが急激に発達したが、では、同じような現象がポスト・コロナで起こるかといえば、かならずしもその予兆はない。テレワークが常態になるのではないかという人がいるかもしれないが、まだコロナ禍が続いている今の日本の現実を観察しても、そうではないことは自明だろう。緊急事態宣言のなかでも通勤をする人たちは大勢いるのだ。

第3の関門は、戦争やパンデミックで人が減る分だけ労働力が逼迫して、労働者が政治的にも強くなるという現象が生まれるのではないかという。そうなれば、これまでの企業の経営法にも影響を与えるだろう。1980年代を境にして労働運動は低調になり、世界的に労働分配率は低下の一途をたどった。それはいまでも大きな社会的問題であり、日本の場合には消費を低迷させる原因として論じられてきた。この構図が変わるとすれば、労働のあり方や企業の経営のあり方に大きな影響を与えることになる。

以上がジ・エコノミストの記事の概要だが、いま注目されるのが、ワクチンの接種が進んで文字通りの「ポスト・コロナ」になりかかっているアメリカの動向だ。前述のように巨額のコロナ対策費によって、これから何が起こるかは、まさに不確実な状態である。楽観的な観測では、せいぜい朝鮮戦争のときの景気過熱とインフレ程度ですむという経済学者もいれば、1970年代のジョンソン政権で見られたような不景気のなかの10数%のインフレ(スタグフレーション)になるかもしれないという元財務長官もいる。

たとえば、オバマ政権の財務次官だったネイサン・シーツなどは、今回は「反動でサービス面で大きな消費があるだろう。もうひとつは、消費手控えによる貯蓄が、およそ1兆5000億~2兆ドル(162兆~220兆円)の水準まで増えたことだ。消費はこのうち約3分の1と、かなり大きな規模が予想される」(サンデー毎日=エコノミスト電子版 4月26日配信)。したがって、「最大の消費拡大は4~6月に始まり、7、8月あたりにかけて続く」という。過熱の心配はあるものの、「21年の米国経済が強ければ、(金融緩和は23年まで続けることになっているが)21年にテーパリング(緩和の規模縮小)を開始するかもしれない」と付け加えている。

しかし、そうした主張を慎重に検討してみると、必ずしもインフレ要因を細かく分析したわけでもなく、また、どのような経済メカニズムが作用するのかも検討されず、それぞれの論者の政治的ポジショニングに後付けしたような議論になっている。ウォールストリートのジャスティン・ラハート記者は「過去の例は参考にならない」として、次のように述べている。

「現在の経済環境は大きく異なっている。米国はかつてのように製造業が主導する国ではない。1950年代にGDPの約40%だったサービス業が、現在は約60%を占めている。また、コロナ禍の影響の多くは独特のものだった。旅行やレストランといったサービス業への支出に大きな打撃を与えた一方で、製造業への影響は軽微だった」(同誌日本語版4月27日付)

たしかに、経済環境は変化する。しかし、だからといって過去が無意味というわけではない。あえていえば、過去の例は参考にならないのではなくて、あらゆる例を参考にして分析する能力が人間にないだけなのだ。しかし、もう少しこれまでのデータをていねいに読むことによって、少なくともポスト・パンデミックの性格が強いか、あるいはポスト・ウォーの性格が強いかくらいは浮き上がってくる。

アメリカだけをみたとき、今回の場合は、どうやら供給力はかなり残った状態で「ポスト」の時代を迎えることになりそうである。その程度を計算しておくことは、けっして不可能ではない。ただし、日本のようにワクチン接種がここまで遅れれば、これまで維持されてきた供給側に大きな障害が生まれて、パンデミック型の回復が戦争型の回復に転じてしまう可能性は、十分にあると思われる。つまり、ある程度のリバウンドは生じても、それがインフレ基調になるかデフレ基調になるかは不明だということである。

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