コロナ恐慌からの脱出(28)米証券市場がバブルでない根拠などない
ほとんどすべてのバブル崩壊において、先行するのがその時の株価を正当化する議論の蔓延である。すでに異常に高くなっていても、さまざまな理屈をつけて「この株価には根拠がある」と多くの人が言うようになる。どうやら、今回の株価についても同様の傾向が強くなってきた。
これまでも繰り返しアメリカの株価はすでにバブルの状態であることを述べてきた。このコロナ禍の状態にあっても記録的な株価が続いているのは、バブルだからなのである。バブルだという根拠というのは簡単で、アメリカ政府とFRBがコロナ禍に対処するため、しゃかりきになって財政出動を行い、また、FRBが市場に湯水のごとく通貨を増加させていることだ。もしコロナ禍がなければ今年の前半にも、大きな調整あるいは崩壊があって、「トランポノミクスの末路」と言われたはずである。
ところが、面白いことに(そして当然のことに)、その財政出動と金融緩和が生み出したさまざまな現象が、こんどはいまの株高を正当化するものとして独り歩きしている。どれでもいいのだが、分かりやすい例として英経済誌ジ・エコノミスト12月19日号の「泡現象なのかファンダメンタルズなのか 投資家のリスキーな資産への熱狂を説明するのは何か」という記事を取り上げてみよう。
そもそも、同記事は「泡現象(フロス)」という言葉を使っているが、これはかつて2008年のバブル崩壊へとつながる株高のなかで、2006年に当時のFRB議長グリーンスパンが使った言葉だった。実は、バブルだとは分かっていたときに、責任をかわすための実にこずるい発言で、フロスとは本来はビールの細かい泡などをさしている。バブルではなくフロスなのだ、だから大したことはないというわけだった。そもそも、こんな言葉を使っているところにも、同誌記者の恐怖や戸惑いが滲み出ているといえるだろう。
同記事は、アメリカにおいて株価が異常なレベルになっていることは認めている。にも拘わらず、あれこれと同じようにバブルになった他の市場を並べて、いかにも株価だけではないと言いたそうなのは、屈折した心理の現れなのだろう。その多くのバブル市場の中でも、株価が群を抜いていることが、一目瞭然で分かるのだから、むしろ、株式市場をバブルと呼ぶべきなのだが、そして、本文ではバブルと呼んでいるのだが、タイトルではフロスなどと逃げているのである。
「金融市場は投資家の将来に対する期待を反映する。そう考えれば2020年のカオス的状態を驚く必要はないのかもしれない。しかし、脆弱な経済状態のなかでリスクの高い資産がリバウンドしているのは、ある種の資産はバブルではないのか、それとも、それらの上下は急速に変わるファンダメンタルズによって説明がつくものなのか、という問いが生まれるだろう」
その通りである。ただし、私は前者を予測するが、この記者は後者を信じたいらしい。興味深いのは、トランプ大統領が繰り広げた株価つり上げ政策を、「ナラティブ・エコノミックス(お話経済学)」だとして批判していたエール大学のロバート・シラー教授たちが、11月30日に発表したレポートで「この株価は馬鹿げたものとはいえない」と結論付けたことである。そのため、バブリーな市場にさらなるドライブがかかっている。そして、ジ・エコノミストの記者も、このシラーたちのレポートをひとつの根拠としているらしい。
シラーたちのレポートとは、すでに紹介しておいた論文(「コロナ恐慌からの脱出(26)ワクチン完成で始まる証券市場の乱高下」を参照のこと)をもとにした短いもので、概要だけ述べれば次のようになる。シラーの開発した株価指標CAPEはいま33と十分に高いが、その逆数をとった値(株式の利益率)と財務省証券10年ものの利回りの差=エクセスCAPEシールドの値も十分に高い。したがって、財務省証券よりもずっと儲かる株式に投資しているのは、アブサード(バカ)な行為とはいえないということである。
それでも、シラーがこの時期に、いまの株価を正当化していると思われてもしかたがないレポートを発表しているのは、彼が嫌っていたトランプ政権から、支持している民主党政権に移行する時期に、波乱を少なくしたいからではないかという疑いも生まれる。しかし、まあ、それもあるかもしれないが、バイデン政権になっても、FRBと組んで財政出動と金融緩和は続けることが予想される。つまり、根拠としては成り立つように見えるわけである。
面白いのは、これだけでは気が済まないようで、同記事の記者はさらにもうひとつ付け加えている。シラーのCAPEには将来への予測が含まれていないので、そのことを加味すれば、ますますいまのビッグ・テック(ネット系の大企業)の株高は正当化されるというわけだ。もちろん、将来への予測こそが金融市場を動かすのであり、そこまでは正しい。しかし、その将来予測はしばしば途方もない幻想であることもあるし、あまりの悲観でもありうるということを忘れている。
いまの「ビッグ・テック」の株高はもちろん将来予測とコロナ政策の合作だが、そうして生まれた株価があたかも平時の合理的な予測の結果であるかのように思い込むところに、株式のバブルが存在するのである。それは、2000年に崩壊したITバブルもそうだったし、2008年の住宅・金融バブルもそうだった。さらに、1990年に派手に弾けた日本の不動産バブルも同じだったのである。
最後の日本でのケースが忘れられているので、少しだけ書いておくと、当時の株価はもちろん高いという人も大勢いたが、専門家のなかには「日本の経済繁栄を反映しているので正当化できる」といっていた人たちが大勢いた。株価の収益率を計算してみると、なんと数十年分を前提として投資していることが分かった。ユーフォリアだったのだ。にもかかわらず、不動産、その他の資産が上昇していたのに、物価はほとんど上昇していなかった。資産バブルというのは、実は部分的なものなのだが、崩壊してから全体に惨禍がおよぶのである。
これは2000年アメリカのITバブルのときも同様で、インタビューされた髭面のノーベル経済学賞受賞者が「これはすばらしい経済です」などとにこやかに答えていたし、2008年の住宅・金融バブルにおいても似たようなもので、「あたらしい金融工学は新しい経済をつくった」などといっていた経済学者は枚挙にいとまない。さらに、アメリカの経済学者がいっているならまだしも、日本の経済学者もそれまでの自分の経済学を放り出して、同じようなことを言っていたのである。
この記事は、読んでみるとなかなか丁寧に書いてあって、その誠意を信じるのはやぶさかではないのだが、ここに取り上げたほんの3つのバブルを振り返ってみるだけで、いまのアメリカの株価(それに追随している日本の株価)が、フロスでもファンダメンタルズでもなく、まちがいなくバブルであることに気がつくのである。記事の締めくくり「バブルという事態は、すくなくとも、始まっていないし終わってもいない」というのは、かつてバブルを正当化した人々の、不遜な言葉の木霊のように聞こえる。
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