新型コロナの第2波に備える(1)スペイン風邪の「前流行」と「後流行」

6月24日、東京都の新たなコロナ感染者が55人となったことを受けて、菅官房長官、小池都知事が記者会見を行い、また、政府専門家会議メンバーが「第2波」について、政府向けの提言書をまとめたことを発表した。

このさい、脇田隆字座長は「(専門家会議と)政府との関係性を明確にする必要がある」と述べた。提言は専門家会議が行うが、その採否を決定し、政策の実行を行うのは政府だという役割分担を明確にすべきだというわけである。これは、あまりにも当然のことで、もっと早くに表明されるべきものだった。

こうしたあわただしい動きのなかで、声高に語られる「第2波」とは何のことで、また、その波がどのようにやってきたら「第2波」と呼ばれるのか、いまひとつ明確ではない。ある研究グループの研究によると、日本に最初に入ってきたのは中国からで、これが「第1波」。次にヨーロッパから帰国した人たちがもたらしたのが「第2波」。ということは、これから来るのは「第3波」ということになるという。

しかし、どうやらいま日本のマスコミが漠然と述べている「第2波」というのは、今年の秋か冬にやってくる本格的な新型コロナ感染流行のことらしい。では、いま東京都で再び勢力を復活させようとしているコロナ感染は「第1.5波」あるいは「第2波前哨戦」ということになるのだろうか。

東京都の都民向け情報として配られたコロナの感染予想グラフ「ロードマップ」では、最初のピークがすぎるてから小さな山がひとつあって、さらに先にもう少し大きな、つまり第2波がやってくるように描かれていた。この予想グラフが正しいとすれば、いまはこの小さな山ということになるのかもしれない。

こんな細かな言葉の定義は、そのうち研究者たちがあれこれ議論して、定着したものが正しいことになるだろうから、そんなことより、まずは例によって、これまでの歴史的な経験を振り返ってみよう。ご存じのように、1918年から1920年にかけて、世界中が「スペイン風邪」のパンデミックに苦しんだ。

始まったのが第1次世界大戦のさなかだったため、世界は史上始まって以来の機械化された戦争と、史上始まって以来の世界同時感染流行という二重苦のなかに叩きおとされたわけである。当時、世界人口は20億人ほどだったのに対して、戦争で亡くなった人が1900万人、スペイン風邪でなくなったのが4500万人だった。いまの人口が80億人だから、ざっと1億8000万人が亡くなったことになる。

日本ではこのとき、人口学者・速水融の『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』の推計によると、45万人がスペイン風邪、つまり、スペイン・インフルエンザで亡くなっている。当時の人口が4500万人だから、その衝撃の大きさが分かるというものだ。他の国でも同じように甚大な被害を出したが、たとえば、日本と同じように戦場にならなかったアメリカでは、人口が1億人ほどだったのにたいして50万人が亡くなった。

興味深いことに、このスペイン・インフルエンザで亡くなるのは、いまの新型コロナとはまったく対照的に20歳代から30歳代の壮健な若者が圧倒的に多かった。これは免疫の仕組みによって若い人間ほど激しく免疫系がウイルスに抵抗して、それがかえって体に悪かったのだろうとされている。

もちろん、スペイン・インフルエンザも第2波がやってきた。まず、イギリスのロンドンの場合をみておこう。ここに示したグラフによれば、ロンドンはまず1918年11月の前半にピークを迎え、さらに、翌年の2月から3月にかけて、比較的小さな山が形成されている。英国全体では1918年6月から7月が第1波、そして同年秋の第2波でピークを迎え、翌年の2月に第3波だったとされる。

日本については、前出『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』が、いま手に入る記録を集められるだけ集め、さらにそれを人口学的に整理して記述してくれている。まず、1918年4月、台湾に巡業に出かけていた大相撲の力士たちのなかに小流行が発生し、3人が亡くなっている。当時、これを「力士病」などと報道している。つまり、相撲界クラスターが生じたのである。

日本本土は1918年10月からが第1波で「前流行」、翌年12月からが第2波で「後流行」と呼ばれてきた。興味深いことに、この前流行と後流行には、かなり明確な現象上の違いがみられた。『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』をそのまま引用しておく。

「この『前流行』と『後流行』には、症状に若干違いがある。後に統計に見るように、『前流行』では罹患率は高いが、死亡率は比較的低かった。『後流行』では罹患率は低いが、死亡率は高かった。このことからも、『前流行』インフルエンザと、『後流行』インフルエンザは、異なるウイルスによるのではないか、という意見もある」

当時は、スペイン風邪の症状や感染の状況については認識できても、何がこのようなパンデミックを引き起こしているのか分からなかった。世界中で研究と議論が行われたが、原因を突き止めることができなかった。ウイルスの存在が突き止められたのが1930年代、電子顕微鏡で映し出すことができたのは1950年代になってからだった。

こうした「何か分からないもの」に世界は翻弄されたが、その様子はいまとそれほど変わらない。ウイルス学が長足の進歩をとげ、医療施設もはるかに立派なものが整っても、人間のパンデミックに対する社会的振る舞いは、あまり進歩していないようである。これから何回か、第2波について、疫学や医学ではない視点から考察してみたいと思う。

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