『LONESOME VACATION ロンサムバケーション』の「行間」を読む楽しさ;自分の未来を発見する物語

『LONESOME VACATION ロンサムバケーション』(2023・下社敦郎監督)

 映画評論家・内海陽子

 現実の探偵業というのはひたすら地味で緻密な作業を求められるものだと思うが、映画の中の探偵はたいてい夢見がちなロマンティストだ。それはフィリップ・マーロウをはじめとする外国製探偵小説の人気キャラクターの影響が大きいのだろうが、ここにまたひとり、マーロウかぶれのおっちょこちょいな探偵が現れた。本当はミュージシャンを目指しているリーゼント・スタイルの古谷栄一(藤江琢磨)だ。雰囲気も生き方もいくぶん懐かしい、いや古めかしいのだが、そこになんともいえない愛嬌と哀愁がある。

 行きつけの立ち飲みBARにやってきたちょっといい女、今日子(水上京香)は栄一の大学時代の元彼女(厳密には付き合う寸前で振られた)。亡き父が残したフィルムに映っている、昔の恋人と思しき妙齢の女性を探してほしいという。金欠状態の彼と違って、落ち着いたキャリアウーマン然とした今日子は金回りもよさそうだ。彼の調査に同行したいというので、そもそも調査は一人で行うという方針を曲げ、二人で車に乗って三浦半島の城ケ島に向かう。なんだか大学時代に果たせなかったデートをしているみたいだが、栄一は精いっぱい虚勢を張って、いっぱしの探偵らしい行動につとめる。

 着いた先でばったり会った女性、美優(さかたりさ)はフィルムに映っている女性にそっくりで、探すべき相手の娘だとわかる。さらにその妹、かおり(櫻井音乃)も現れ、探索作業はとんとん拍子に進む。目当ての女性は亡くなっており、そのお墓参りに同行し、姉妹の父親である画家・遠山春樹(斎藤楊一郎)にも会え、これにて一件落着。二人で旅館の一室に納まっても何事かが起こる気配もなく、翌日は単なる観光客の気分で、なんだか手持ち無沙汰だ。だが、栄一が喫茶店のトイレに入ると、壁に遠山春樹が妻を描いた絵「城ヶ島と或る女」があり、そのお腹は臨月のようにふっくらしているのである。

 物語の展開はとりたててスリリングではなく、もしかしたら、すべてを察していた今日子のたくらみではないかとも考えるが、それほど込み入った仕掛けをする女性とも思えない。文章の世界では行間を読むという言い方があるが、この映画もまた行間を読むべき体裁を持っている。物語全体が今日子によって巧みに誘導され、栄一はおずおずと彼女の感情を探り続け、自分の感情を探り当てようとしている。「自分探し」という言葉をわたしは好まないが、大学時代の、なにか果たせなかった思いを抱えている栄一と今日子にはぴったりの言葉で、二人とも恥じらいながら「自分探し」をしているようなところがある。

 城ヶ島には北原白秋の歌碑があり、北原白秋が人妻との不倫を経て逃げてきたところだとわかる。白秋記念館の女性に声を掛けられ、今日子が軽やかに「私たちもそうなんです」と答えるのがお茶目で、このあたりにも映画の気取らない遊び心がある。もしかすると、今日子自身はそれなりに道ならぬ恋の経験があり、それゆえに、父の死後にわかった過去の女性の存在に動揺したのかもしれない。いや動揺というよりも、むしろ勇気づけられて、父の遺したフィルムを抱えて栄一を訪ねたのかもしれない。父の過去の探索という形で、栄一と自分の現在をうかがい、未来を探る。おそらく行き当たりばったりの行動だろうが、そんな行動が思いがけなく貴重な感覚をもたらすこともあるはずだ。

 その年の大晦日が近づき、今日子の提案に乗り、二人はまたしても城ヶ島にやってくる。今度は探偵業ではなく、初日の出を見るためだ。寒さに震えながら、何度も訪れた場所で初日の出を待つ。今回もまたさしたることも起こらずに時間が過ぎていきそうだ。やがて、はっきりとは見えないが彼らの中で何かが動く。びっくりするようなことではないが、ここには意表を突く新鮮さと真面目さがある。わたしは感動し、初日の出に向かって一緒に手を合わせる。長い時間をかけて、栄一はようやく今日子に追いついたのである。

●2023年10月7日より公開

内海陽子プロフィール

1950年、東京都台東区生まれ。都立白鷗高校卒業後、三菱石油、百貨店松屋で事務職に従事。休みの日はほぼすべて映画鑑賞に費やす年月を経て、映画雑誌「キネマ旬報」に声をかけられ、1977年、「ニッポン個性派時代」というインタビューページのライターのひとりとしてスタート。この連載は同誌の読者賞を受賞し、「シネマ個性派ランド」(共著)として刊行された。1978年ころから、映画評論家として仕事を始めて現在に至る。(著者の近著はこちら

 

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