コロナ恐慌からの脱出(11)高橋是清財政への誤解と神話

高橋是清は日銀総裁を1度、首相を1度務めたが、大蔵大臣には6度も就任している。特に犬養毅首相が五・一五事件で暗殺されたので首相を兼任した4度目と、二・二六事件で暗殺されることになる6度目での業績が知られている。

絵師の私生児として生まれた幼少期の逸話や、奴隷に売られたアメリカ留学時代の体験を始めとして、多くのエピソードに彩られた波乱万丈の人生は、今も人々を魅了してやまない。ところが、彼の人生のピークといっていい、この2度の大蔵大臣としての業績については、不思議なことに誤解あるいは思い込みが多いのである。

まず、高橋が二・二六事件で暗殺されたことについてだが、かなり多くの人が「彼は大恐慌期に不況対策で失敗し、疲弊した農村出身者が多かった陸軍の恨みをかった」と思っているのである。誰でもが知っている有名な事件なのに、その暗殺の理由がこれほど間違って理解されているのも珍しい。

そうではない。正しくは、浜口内閣の井上大蔵大臣が行った金解禁を停止すると同時に、通貨の金との兌換もやめて金本位制から離脱し、さらに、金融を緩和して財政支出を拡大することで、不況からは脱出したものの、その後、さらに軍事費追加を望む軍部と対立し、財政を縮小したので恨みを買ったのである。

当時の世界経済および先進国経済は、金本位制によって形づくられていた。その国が保有している金の量に基づいて中央銀行券を発行し、望む人には中央銀行券と金を交換することで、国際貿易を円滑にするだけでなく、国内の経済政策に根拠を持たせるというものだった。

この仕組みには、実は大きな欠陥があった。それは最近になって恐慌脱出政策の国際比較が盛んになってから初めて明らかになったわけではない。このシステムにおいては、金の保有量に拘束されて、特に緩和が必要な不況期の金融政策がいちじるしく阻害されることは分かっていた。

だから、第1次世界大戦後、先進諸国が次々と金本位制に復帰し始めたときでも、日銀総裁だった井上準之助は、「いま、日本が金本位制に復帰するのは、肺結核の人がマラソンをするようなものだ」と、警戒をあらわにしていた。ところが、1929年に成立した浜口政権が復帰を看板にしたことで、蔵相となった井上は先頭を切って病身でのマラソンに突入することになってしまう

しかし、金本位復帰にこだわった浜口雄幸政権とその井上準之助蔵相への批判が高まり、浜口は狙撃され、それがもとで亡くなってしまう。1931年、政権が政友会の犬養毅内閣の手に移り、蔵相に就任した高橋が、金禁輸解禁を停止し通貨の兌換もやめたことで景気はどうにか回復へと向かった。さらに、高橋は財政出動を拡大して、産業を刺激し疲弊した農山漁村の救済にあてた。その支出の多くを日銀による国債引き受けで捻出している。

1932年、五・一五事件が起こって犬養が暗殺されたため、一時首相も兼任したが、事件の収拾後には蔵相をやめるつもりでいた。ところが、海軍出身の斎藤実が首相になって、「軍の予算を抑制するために」と、高橋に蔵相留任懇願したことから続けることとなり、このあたりから高橋の悲劇が生まれてくる。

翌1933年、斎藤内閣が総辞職したさい、もちろん高橋も蔵相をやめるが、後任の藤井真信が肺気腫で倒れたため、再び高橋が蔵相となり第6度目の就任となった。しかし、すでにこの時点で高橋は、拡大してきた財政を引き締めるつもりでいた。日本の財政支出は1932年から翌年にかけては拡大したが、すでに34年から36年にかけて次第に縮小しているのである。

ここで確認しておくべきなのは、高橋は財政拡大政策で知られてはいるが、それが常時正しいなどとは思っていなかったことだ。高橋財政といえば財政拡大あるいは放漫財政ということになっているが、まったく間違っている。しかも、財政縮小および軍事費縮小は軍の強い反発を買うことが分かっていて断行した。そのため、二・二六事件の標的にされたわけである。

当時、この政策はどう受け止められたかは、日銀総裁だった深井英五の『回顧七十年』(1941年刊)から引いて補足しておこう。高橋は日銀による国債引受を主張し、深井は既発国債の買上を提言して、いずれの方法も試みている。

「日本銀行国債引受発行の方法は著しき効果をあげたが、高橋氏は当初よりこれを一時の便法と称していた。すなわちこれを財政の常道とするではなく、金融梗塞の結果国債公募の困難なるさいに財政上の必要をみたすと同時に、日本銀行資金の注入により購買力を増加し、萎縮せる産業に刺戟を与うるための臨機処置にすぎないという意味である」(表記一部変更)。

高橋財政は放漫財政という誤解に比べれば、たいしたことはないが、高橋財政というのは、実は、財政支出が中心ではなく、金融緩和にこそ本領があったという説がある。これはアベノミクスを推進する論者たちが、インフレターゲット論を称揚するために、金融緩和を過剰に強調したことから生まれた、バイアスのかかった神話である。

その根拠のひとつとされるのが、1933年の予算ですら1928年当時の予算と同じレベルに過ぎないということだが、この28年というのは、前年の金融恐慌のさいに高橋が蔵相として行った、財政政策の延長線上にあるのだから当然であろう。少し古典的でスタンダードな経済史を見ておこう。

「高橋は、昭和7年(1932)夏の臨時議会で、一挙に財政支出の増額に踏み切った。満州事変の影響のもとで軍事費は昭和6年の8700万円から2億5000万円にふくれあがり、血盟団事件や五・一五事件の底流にあった農山漁村の救済のために予算は一挙に膨張して、昭和6年の14億9000万円から一挙に19億5000万円になった」(中村隆英『昭和恐慌と経済政策』)

もちろん、いまの国債無制限買上論者からすれば少ないかもしれない。しかし、当時の感覚でいえばかなりの増額だった。たとえば、同時期、米ルーズベルト政権の財政規模を見ても、けっして遜色のないレベルであることがわかる。インフレターゲット論者たちのバイアスは、ともかく何もかも金融で可能なのだという、それ自体が神話である議論を正当化するため、財政支出の役割をあまりにも軽視し、結局、安倍政権による2014年の財政縮小、増税断行という過ちを導いたのである。

同じ勘違いは2008年のリーマンショックをめぐっても生じた。米経済学者のクルーグマンやバーナンキも、大恐慌の研究に基づいて金融緩和を行えば、ショック後の立ち直りは可能だと考えていた。しかし、実際に起こってみると、金融緩和だけでは落ち込みを抑えきれず、クルーグマンはすぐに財政主導派に転じ、FRB議長だったバーナンキは既発国債買取という深井英五の手法を踏襲することになった。

もうひとつの根強い神話に、「けっきょく高橋は軍部に対する妥協から脱却できず、死後に軍事費および財政が急拡大する道を開いた」というものがある。これは一言でいって「ないものねだり」だろう。たしかに、高橋財政は満州事変に対応しており、また、海軍出身の斎藤実内閣に蔵相として加わっている。そして死後になってから急激に軍事費は拡大していったことも歴史的事実である。

しかし、当時の有力政治家が軍事について関与を考えないということなどありえなかった。それは問題意識がどこまで日本の軍備を大きくするのが妥当かという点にあっても、軍部を完全に抑えて平和主義への道を開くなどという、戦後の価値観をもっているはずはない。高橋は何とか状況に対して対応可能なレベルでの軍備を追求していたのであり、当時の時代としては、むしろ、生命の危険のある路線を決然と志向していたわけである。

たしかに、「歴史は常に現代史」であり、過去を振り返るとき常に現在の問題意識が強く働いている。しかし、このフレーズは警句でもある。歴史から自分たちの都合に合わせた事例だけを引っ張り出そうとすれば、それは結局「歴史に裏切られる」ことになる。

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