新型コロナの第3波に備える(1)英国版ファクターXを読んでみる

日本での新型コロナによる死亡率が比較的低いことから、「ファクターX」についての議論がさかんになった。いまもファクターX探しは、ネット上はもとよりマスコミの重要アイテムであり続けている。しかし、死亡率が高い英国のようなところでも「ファクターX」への期待は、ますます強くなっている。

ファクターXへの異様な関心は、日本の死亡率が低いからだとばかり思っていた。ところが、英国紙ザ・タイムズ9月26日付に「抗体から医薬品進歩まで コロナウイルス楽観論にはなお理由がある」という記事が載ったので、ちょっと驚いた。英国は周知のようにコロナ対策の「失敗国」といっていい。なんで失敗国がファクターXを探しているのだろうか。

人口が約6644万人のところ感染者は45万3000人を超え、死者も4万2000人超となった(10月1日現在)。そんな国でファクターXを探してどうするんだと最初は呆れた。しかし、ファクターX探しというのは、自国の政策がうまくいっているからだけではなく、実は、政府に対する不満や漠然とした不安からという側面もあると思い始めた。ならば、この記事をちょっと覗いてみるのも、まったく無駄ではないかもしれない。

同記事は「科学者たちは仮説を発表するとき、慎重な警告と多くの注意事項を添える」から、一般人はにわかには信じないと指摘する。しかも、そうした仮説の現実性の度合いもいろいろだ。しかし、そうした仮説があるということは、「いまの状況もそれほど酷いものではないと思える可能性もある」などと述べている。

つまり、こんな説もあるから読んでみてほしいと述べてはいても、それが絶対正しいと主張するものではないのだ。以下は、なるだけこの記事にそって書いたつもりだが、日本人にとって分かりにくい部分は省略して、似たような話で説明しているところもある。この記事の「解説」あるいは「解釈」であると思って読んでいただければ幸いである。

まず、ここに登場している「英国版ファクターX」にどんなものがあるかといえば、「交差免疫説」「新薬説」「集団免疫説」「ウイルス変異説」というわけで、実は、日本でもお馴染みのものばかりなのだ。「え? どうしてこれがファクターX扱いになるのか」と思う人もいるだろうが、実は、これらは依然として「仮説」の領域なのである。

交差免疫説

さて、それぞれの仮説が提示している、楽観的な側面を見ていくことにしよう。最初が「交差免疫説」だが、日本でもこれまで感染したインフルエンザが新型コロナへの免疫をもたらしているとか、昨年中に爆買いにきた中国人から新型コロナウイルスが感染したので、日本人にはもう免疫があるから大丈夫だとか、かなり大胆な説が流布している。

しかし、その英国版は普通のインフルエンザが、新型コロナに対する抗体をつくっている可能性を指摘しただけの、かなり地味なものだ。たんなるコロナウイルスならば庭園の葉の陰にも潜んでいる。それらの多くは人間に感染しているのだが、普通はせいぜいクシャミなど風邪の症状を起こす程度ですんでいる。

ところが、日本ではこうした毒性の低いコロナウイルスが感染者の体に作らせた免疫が、毒性の強い新型コロナの感染や悪化を阻止するという説にまで発展している。そのメカニズムはリンパ球からつくられるT細胞の記憶力によるという点を強調する点では日英とも同じだが、いずれにせよまだ仮説でしかない。こうしたメカニズムが最初に発見されたときには「奇跡」かと思われたほどだったのである。

その可能性 たしかにそれは驚くべきメカニズムだが、ザ・タイムズが取材している免疫学者のシェーン・クロッティによれば、それはあくまで仮説のレベルであり、実際には(あとで述べる)「集団免疫」を形成するか否か、まだ分かっていない。クロッティは「たとえT細胞にそういう機能があっても、集団免疫には影響を与えないかもしれない」述べているのである。これが正しいとすれば、たとえばスウェーデンなども、第1波と同じような状況に至るかもしれない。

新薬説

開発された新薬がコロナ禍から解放してくれるという説だが、これは「新」と呼べるようなものではないものも多く含まれている。たとえば、いっぽうで鋭意開発中の新コロナ治療薬もあるが、トランプ米大統領やボナソナロ伯大統領が愛飲してきたマラリア特効薬のように、単なる「転用」もあるからだ。しかし、大阪知事が言い出したウガイ薬などはともかくとして、地位のある人物が「効く」と言い出すと信じる人は少なくない。

「いっぽうで、抗マラリア薬であるヒドロキシクロロキンがまったく役に立たないという話をどう受け止めるか、他方で、安価なステロイド薬であるデキサメタゾンは死亡率を2割ほども下げるという話はどう受け止めればいいのか」。もちろん、前者はトランプの法螺話にすぎないが(そして、ちゃんと彼はコロナに感染したらしい;追記)、後者はコロナ薬として正式に承認されている。いったい、その評価はどうすればいいのか。せいぜい、一般人は公的な機関の判断に従うしかないのだが、なかには怪しげな説にかえって魅力を感じる人も多いのである。

その可能性 「多くの薬は効かないが、効果のある薬も多くある。さらに、効果があるとは思えないような多くの薬が、まだよく分からないとして判断を留保されている」。そして、「ぜひ知っておくべきことは、薬は回復への助けにはなるが、万能薬というものはないことである」。このあたり、もういちど再認識すべきであるように思える。

集団免疫説

新型コロナのパンデミックが起こってから、日本では基礎知識のように人口に膾炙したこの説は、実は、まだ細部がよくわかっていない仮説なのである。ザ・タイムズのこの記事は、いわゆる「R値」から始めて比較的ていねいに説明してくれている。しかし、たとえばインフルエンザのワクチンを、国民の一定以上の割合まで接種するという政策を日本政府は採用していない。集団免疫がどんなウイルスにも応用できる普遍的法則ならば、そんなことはありえないことではないのだろうか。

しかも、集団免疫説が正しいとしても、はたして国民の何割が免疫をもてば感染が停止するのかも、まだ専門家の間で一致していない。今回の新型コロナについては、しばしば6割がその基準だといわれたが、2割でも集団免疫に達するという説を述べる専門家たちが多くなっている。そして、そうした説はもちろんトランプの法螺話とは次元を異にしているが、まだ専門家の間で見解の一致は見られていないことだけは知っておくべきだろう。

その可能性 「集団免疫のための免疫率は20%でいいという説は、すでに感染が広がる地域からのデータから挑戦を受けている。ブラジルのマナウスでのデータは、都市の半分の人口が感染して初めて、集団免疫に達したと示唆している」。このマナウス市のデータ自体も、どれほどの精度なのか分からない。まだ、「集団免疫」という考え方じたいが、この程度の不確定な仮説だということなのである。

ウイルス変異説

新型コロナのパンデミックが始まってこのかた、ウイルスは変異するから怖いという話はずいぶんと聞かされた。ところが、そのうちに、新型コロナウイルスはすでに何種にも分かれたという説がいくつも出てきて、そのなかには「だから日本人は免疫がすでにある」という説も付帯していた。最近は、ウイルスは変異するが、それはホスト(宿主)を殺しては存続できないので、変異のさいには毒性が弱くなるという話が多くなってきた。

このザ・タイムズの記事は、楽観説を集めるという趣旨なので、最後の毒性が弱まっているという説を強調している。これはある意味で確率論的な説で、ウイルスは感染し続けねばならないのであり、毒性が強くてはホストがいなくなってしまうから、毒性を弱くしたウイルスが確率的に生き残りやすいという話になっている。ただし、ちゃんと「理論的にウイルスは毒性を弱めながら進化するというのは、ウイルス学者たちのドグマなのだ」と述べている。あくまで、これはまだドグマ(教義)なのである。

その可能性 「ウイルスが進化の過程で毒性を弱めるというのは正しい。しかし、こうしたことが起こることを証明した研究というのはまだないのである」。え? と思う人も多いだろう。これはもう少し調べる余地がありそうだ。ただ、ちょっと考えれば分かることだが、ある程度の毒性をもっていても存続することは可能である。どの程度の毒性がそのウイルスの繁殖にとって最適かは、人間の都合からは判断できないのではないだろうか。そもそも、ウイルスにとって「最適」とは何のことだろうか。

NファクターXを探せ

ざっと見ていただいて、最後はまだ決定打でないどころか、ほとんど仮説やドグマでしかないものなのだという話である。私はこの論調は正しいと思うが、日本の場合は、死者数が少ないのはなぜかを説明する理論が欲しい。また、英国の場合は、失敗している政府のコロナ対策に風穴を開ける理論はないのか、知りたいと思う人は多い。まったく対照的な状況のように見えるが、「コロナ禍を前にしての不安」という点では共通している(左の写真はザ・タイムズより)。

しかし、いずれの国の場合も、なにかすごい起死回生の理論を見つけるよりも、「失敗国」はなぜ失敗したのかを、もう一度精査してみたほうが実践的には早いように思われる。つまり、ポジティブな理論を見つけるより、ネガティブ・ファクターX(NファクターX)を真剣に探すべきなのだ。

なぜなら、もはや第3波(政府は認めないが、緊急事態宣言解除後の感染拡大は第2波というべき規模だった)は、もう目の前に迫っているからである。英国ではまだ何の方針もなく、ジョンソン首相はただのたうち回っているように見える。日本の首相が自信を持っているように見えるのは、単に勘違いである可能性があるように私には思われる。

付記:シリーズを「新型コロナの第2波に備える」で始めていましたが、いまのように、事実上、第2波の最中になったからには、「第3波に備える」に仕切り直すのが順当だと判断しました。たとえ、政府が現在の状態を第2波と認識していなくとも、国民の感覚としては次は第3波であるからです。まったくタイトルを変えようかとも思いましたが、問題意識としては連続しているので、第2波を第3波に改めるとともに、回数の表示を(1)から始めるというやりかたにしました。

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