新型コロナの第3波に備える(12)マナウスの集団免疫は幻想だった

昨年9月ころに「集団免疫」が形成されたと話題になったブラジルのマナウス市で、感染数および死者数の増加が悲惨なことになっている。新型コロナに対して集団免疫が形成されるという説は、いまだに不確定な仮説なのだが、マナウスの集団免疫騒動は、そうした仮説を法則であるかのように語って政策の根拠にする危険と非倫理性を暴露している。

そもそも、マナウスについての楽観的な説が唱えられたのは、昨年の9月にまだ草稿だった論文が流布したことから始まっていた。それによれば、人口202万人のマナウス市住人の66%は新型コロナに感染しているので感染数が減ったというのだった。しかも、この論文が正式に科学雑誌サイエンスに掲載されたときには、この数値は76%に上昇していた。

ところが、昨年7月に119人にまで下がっていたマナウス市の死者数が、9月には152人、10月になると244人と増加していった。12月4日に同市は非常事態宣言を発令し、1月5日にはさらに非常事態宣言を延長するに至っている。1月6日現在の感染者数は合計で8万4310人、死者数は3478人に達している。つまり、10万人あたりの死者数は172人を超えているわけで世界でトップクラスである。

サイエンス誌に寄稿した論文の最初のタイトルは「ブラジルのアマゾンにおけるコロナ感染と集団免疫」だった。その筆者のひとりであるサンパウロ大学のエステル・サビーノは「私たちは第2波が起こるなんて思ってもみなかった」と英経済誌ジ・エコノミストの取材に語っている。

いまのマナウスを中心とするアマゾナス州の状況は最悪で、酸素吸入用の酸素ボンベが不足し、本来助かるはずの感染者がつぎつぎと亡くなってしまう事態が報告されている。酸素ボンベを買える資力のある住民は、重いボンベを購入して自宅に持ち帰るが、そのようすを撮影した写真も報道されている(右:The Economisitより)。

なぜ、このような事態におちいったのか。前出のジ・エコノミスト1月23日号の「ブラジルの都市に集団免疫が形成されたというのは間違いだった」によれば、まず指摘されているのは「変異種」がブラジルに蔓延しつつあるのではないかということである。「新しい変異種は12月の感染サンプルの42%を占めているが、おそらく感染力がこれまでのウイルスより高いとされる。いま住民がもつ抗体は変異種にたいして防御力は弱く、ケースによっては再度の感染である可能性がある」。

しかし、問題はそれだけではない。そもそも、集団免疫が成立したと主張した論文の感染者割合76%という数値が過大だった可能性がある。というのは、血液検査のサンプルを転用して検査した数値だったので、こうした血液検査にやってくる人は、住民全体でみれば感染しやすい人たちだったという疑いがあるという。マナウスで6月に行われた抗体検査では、抗体をもっていた人は15%。それが2カ月ほどで76%まで急伸するのは不自然だというわけだ。

実は、こうした疑問もあってのことだろう、論文が査読を受けてサイエンス誌に掲載されるさいには、論文の内容も肝心なところが変わってしまっていた。「サイエンス誌に掲載された論文からは、『集団免疫』への言及が削除されていた。つまり、抗体を持つ人の割合が急上昇したとしても、集団免疫は達成されないのかもしれないのである」。

もちろん、バース大学のエド・フェイル教授のように、76%といった高い感染率から推測して、むしろ、そのために変異種が生まれたと主張している研究者たちもいる。つまり、人体の免疫機能が働くことが、新しいタイプのコロナウイルスを生み出すきっかけになる、と見ているのである(GIGAZINE1月20日付)。

しかし、いずれにせよいまのところ、集団免疫が達成されればコロナは終わりということにはならない。コロナウイルスの感染力が変われば、今の集団免疫の形成閾値は振り出しに戻る。また、感染地域の諸条件が多用であれば、集団免疫形成の前提も変わる。ましてや、すでに日本人には免疫があるとか、集団免疫がすでに達成されているとか、若者や学童に感染させて集団免疫を早く形成させるとか主張する(主張した)論者の話に対しては、冷静に眉唾で接したほうがいい。最後にジ・エコノミストからの引用から、単なる仮説を政治利用した場合の結果を想像していただきたい。

「感染が急進した昨年12月、アマゾナス州はロックダウンを発令しようとしたが、抵抗にあって無効にされた。反ロックダウン派ボルソナロ一党の仕業だった。このときボルソナロ派の前首相は次のようにツイートしていた。『マナウスについては心配する必要がない。なぜなら、マナウスには集団免疫があるからだ』」

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