コロナ恐慌からの脱出(44)ブラジル・トルコ・アルゼンチンにインフレ世界の未来をみる

いま世界はインフレの時代を迎えようとしている。インフレと財政支出の関係の話となると、財政支出懐疑派はすぐに「ハイパーインフレが起こる」とヒステリックにわめき、MMT論者などの財政支出推進派は「ハイパーインフレはごくまれな現象」と切って捨てて、インフレなどまったく問題がないように論じる。

両派がおかしいのは、多くの場合問題になるのは1兆倍(ワイマール)とか1億倍(ジンバブエ)のハイパーインフレではなく、不況のなかで5%を超えた場合とか、20%前後の高インフレであるのに、いきなりハイパーインフレに飛んでしまうことである。アメリカでケインズ経済学が衰退した1970年代のインフレは、10%を超える年もあったが平均して6%くらいだったし、日本の田中角栄が失脚したのはロッキード事件ではなく、20%を超えた「狂乱物価」の元凶とされたからだった。

まずは、いま生じている世界の高インフレをざっと見てみよう。先日、FRBのパウエル議長たちが量的緩和の縮小を決めた。アメリカのいまのインフレ率は5.4%だが、インフレ目標値の2.0%よりはずっと高いことが脅威であり、予測を総合すると、いまのままでは来年も4.0%以上のインフレとなる可能性が否定できないからだ。

その程度でビビったらどうしようもないと思う人もいるだろうが、もちろん、世界にはもっと激しいインフレに襲われている国もある。英経済誌ジ・エコノミスト11月6日号は「新興国経済の高インフレからの警告」という記事を掲載して、ブラジル、アルゼンチン、トルコといった高インフレ国の実状を分析している。この3つの新興国だけでなく、いまの世界的なインフレについて考えるのに、実によいケースなので紹介しておきたい。

新興国の経済については、簡単に想像がつくように、先進国に比べて慢性インフレといえる状態が続いていた。しかし、1995年に新興国平均が10.6%だったが、2015年に5.4%、そして2015年になると2.7%まで低下した。2012年においてもIMFの長期予測は5.8%というもので、将来的にも安定するものを思われていた。ところが、いまやブラジルは10.2%、トルコが19.9%、アルゼンチンなどは52.5%である。

この3つの高インフレ国について、内情をみてみよう。まず、ブラジルだが今のボルソナロ大統領が登場する以前からインフレ国として知られてきた。ジ・エコノミストの分析では「中央銀行はよくやっているが、財政支出がひどすぎる」。1990年には、なんと、3000%のインフレ率を経験しており、これは1兆倍とか1億倍のハイパーではないが、少なくとも超高インフレと呼んでよいものだろう。

いまの10%程度というインフレ率も、もちろんコロナ禍にマッチョイズムで臨んで、みずからも感染してみせ、さらには巨大な悲劇を生み出したボルソナロ大統領のお陰ではない。何を思ったかオリンピックとワールドカップを同年に主催して、この年にはインフレ率が10%を楽々と超え、通貨レアルは対ドルで下落し、経済はガタガタになった後、経済成長をかなり犠牲にし反インフレ金融政策で臨んだ、中央銀行の涙ぐましい努力のたまものなのである。にもかかわらず、マッチョ大統領はその努力を無にしてくれた。

次にトルコだが、この国にもユニーク(ここでは経済というものが分からないという意味)なエルドガン大統領が大暴れしてくれている。エルドガンは「自らを金利による利益の敵と宣言して、中央銀行の政策金利を無理やりに引き下げる政策を採用。インフレは低下するだろうと宣言した」のだった。それだけでなく、言うことをきかない中銀の幹部を更迭し、金利決定委員会のメンバーを3人ほど首にした。

「こうした『悪戯』のお陰で、トルコ経済はキャピタルフライト(資金国外流出)と通貨価値の乱高下をおこした。結果として生じた通貨のレート下落は輸入コストを急上昇させ、このときだけで、中央銀行が目標としていた2%の4倍である、8%のインフレ上昇を引き起こすのに貢献したのであった」

さて、アルゼンチンだが、もう何もいうことはないような事態である。ジ・エコノミスト誌ですら「もし、金融政策と財政政策を何の原理原則なしに行ったら、何が起こるだろうか。そのいい見本がアルゼンチンにある」と述べている。同国の政府はもう長いこと、財政赤字の埋め合わせをするのに紙幣を印刷してすませ、これまでも9回にわたって国債をデフォルトさせてきた。

「この2年の間にも、通貨の流通量を年50%のペースで増加させてきた。アルゼンチンの通貨であるペソは、昨年初より計算しても、ドルに対して60%もの価値下落をしてしまっている」

もちろん、ここにあげた3カ国はインフレ政策の落第生であって、けっしてすべてのエマージング・カントリーがこんなデタラメをやっているわけではない。しかし、我が国においても「これまで自己通貨で財政支出してデフォルトした国はない」などいう「おとぎ話」をする政治家やそのブレーンの言葉を信じてしまえば、田中角栄時代くらいのインフレは起こるかもしれない。

たとえば、ブラジルのように年52%のインフレが2年続けば、ざっといって物価は2.3倍を超える。この間、収入がついてこなければ、生活水準は2分の1弱に下落する(たいがいは、給与は比例して増えることなどない)。そればかりではない、この3カ国を見れば分かるように、インフレに悩む国の多くは治安や衛生も悪化する。ここにあげている国が、すべてコロナ対策に失敗していることに注目してほしい。

ちなみに、前出の「自己通貨で財政支出してデフォルトした国はない」という発言は、おそらくMMTのつもりで言っているのだろうが、正確には「デフォルト」の前に「政治的理由で」という限定が入るのに、あえて飛ばしているのである。さらには、国家が発行する国債をデフォルトするさいには政府が宣言して行うのであるから、デフォルトはすべて「政治的理由」なのである。つまり、MMTの大御所たちからしてかなり曖昧なことをいっているのだ。

ついでに述べておくと、MMTの大御所であるランダル・レイは「インフレは40%くらいまで耐えられる」という驚くべき見解を示し、入門書にも書いており、もうこれだけで正気とは思えない。また、反緊縮派が依拠している経済学者の故・トービンは、たしかに講演や著作で「財政支出をしてもインフレかクラウディングアウトが起こるだけだ」と述べているが、どれほどのインフレが限界になるか、クラウディングアウトの場合にはどれくらい金利が限界かは述べていない。

この数年のあいだに流行った「新しい経済学」を推奨する人たちは、ひとつの不幸を除去することが、その程度はさまざまにしても、別の不幸を生み出すということが、理解できないのではないかと思われる。よほど幸福な幼児期を送ったのだろう。また、経済学史上の「英雄」は完全な理論をもたらすのだと思い込んでいるようで、子供のころに「おとぎ話」か、子供用の「偉人伝」のたぐいを読みすぎたのではないかとも考えられる。

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