ウクライナ戦争と経済(27)インフレは敵なのか味方なのか

いま世界の経済はインフレにショックを受けている。しかし、その傾向を生み出した原因は国によって少しずつ異なっている。アメリカは自国の財政出動が引き金となったが、ヨーロッパ諸国はウクライナ戦争による食料・エネルギーの高騰が大きい。英国はついに10%を超えたがヨーロッパでも大陸とはやや様相が異なっている。こうした先行した諸国を見ながら、日本経済のこれからを考える必要がでてきた。

英経済誌フィナンシャルタイムズ8月17日付は「英国のインフレは40年ぶりで10.1%に上昇」を掲載して、この7月の2桁インフレは1982年以来だと指摘した。英国の場合は「ひろい範囲にわたって価格が上昇」しているが、とくに食料が12.7%を記録し、これは「20年で最も高い上昇率」だったという。ただし、食料とエネルギーを除いたコアCPIは6.2%にとどまっている。

経済学者たちが指摘しているのは、物価の上昇が賃金の上昇をうながし、その賃金の上昇が商品の価格に転嫁されて、さらに物価が上昇するというインフレ・スパイラルが生じているということだ。これは日本でも高齢者にとってはおなじみの話で、1970年代にまったく戻ったような気がする人も多いだろう。今回、分かりやすいのは物価の上昇がコロナ禍対策とウクライナ戦争によってもたらされたと説明できることである。

同紙は国家統計局の人間が指摘している話として、いまこのインフレで苦しんでいるのは誰かについて述べている。「より貧しい家計は高収入の家計よりインフレによってずっと大きな影響をうける。というのも、収入のうち大きな割合を食料とエネルギーに当てなければならないからである」。まるで1970年代の中学生が書いた、夏休みの宿題レポートのような説明だが、もちろん正しい(グラフは英国のインフレ率)。

すでにこの「誰が一番影響を受けるか」の報道は、2%台のインフレで済んでいる日本でも始まっている。生活保護を受けている人たちは、食料や電気代で生活がすでに逼迫しているというのだ。このままでいけば、日本でも5%とか8%とかの上昇率を体験する可能性が出てくるので、インフレは急速にマスコミが取り上げる呪詛の対象となるだろう。そして、インフレは好ましいと論じてきた経済学者や評論家は、いつの間にかその批判者になっているのを見出すことになるだろう。

インフレは、体験した世代の実感としていえば、物価上昇と賃金上昇の循環に入りやすく、1970年代は先進諸国ではまだ労働組合が強かったので、その間にストライキが挟まるという構図が繰り返される。いま、先進諸国の労働組合の組織率が低いので、その心配はいらないという人もいるが、そのいっぽうでメディアは加熱しやすい構造になっているので、そう簡単にこの「魔のサイクル」を断ち切れるかどうか(グラフは日本のコアコアCPI)。

データをよく見ると今のインフレには明るい見通しも見えると指摘しているのが英経済誌ジ・エコノミスト8月17日号の「英国のインフレが2桁を打った」との短い記事だが、たしかに興味深いグラフが添えてある。この3年ほど、専門家たちのインフレ予想が大きく裏切られてきた。予想より何倍ものインフレが起こって、激しいショックを与えてきた。しかし、それがどうやら落ち着いてきたというのである。

ヨーロッパなどは今年3倍近くもの「はずれ度」を示した。同紙は現実が予想の何%多かったかを「インフレ・サプライズ・インデックス」と名づけて、丁寧にもいくつかの地域のグラフを並べてくれているが、それがようやくサプライズの度をさげつつあるというわけだ。とくにサプライズが大きかったのはロシアにエネルギーを売り惜しみされて動揺したヨーロッパ大陸だが、英国も100%少しでピークを迎え、アメリカはすでに低下傾向に向かい、日本などは予想と現実が一致するところまで来ている。

これまでインフレについての議論といえば、デフレとハイパー・インフレといった、極端な状態を行ったり来たりするといったありさまで、その中間ともいうべき10%前後については真剣に考えてこなかった。金融緩和や財政出動に反対する人たちは安易に「そんなことをすればハイパーインフレになる」と批判し、それらが必要だと考える人たちは「ハイパーインフレになんかならない」と反論するという不毛な議論だった。ハイパーインフレとは1億倍とか1兆倍が前提とされているから、それがめったに生じないことも正しく、また、起こってしまったら経済が停止することも正しい。しかし、論じるべきは現実に起こりうる10%前後のインフレなのである。

ジ・エコノミストのいうサプライズ・ショックが鎮静化するのは、冷静に対策を考えられるという意味で、たしかに好ましい「銀の裏」だが、現実は別に解決したわけではない。派手な財政出動もウクライナ戦争もコロナ禍も終わっていない。とくに日本については、これまでデフレ基調で移行してきただけに、かなりのサプライズ度のある現象が待ち構えているだろう。マスコミはインフレは貧しい人の敵だとの懐かしいエレジーを奏で始めているが、自分が最先端にあると思っている経済評論家たちは、いまもインフレはむしろ好ましいというクラシックを演奏している。その不協和音をちゃんと橋渡しする必要が生まれている。

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