ウクライナ戦争と経済(7)ウクライナの復興にはいくらかかるか

ロシアが侵攻したことによるウクライナの被害は、どれほどのものになっているのか。人的被害を別にした経済的および物理的被害はどれほどのものか。GDPが前年度比で45.1%の減少であり、物理的には合計680億ドル(約7兆円)の損害というデータが発表されている。もちろん、これは現在の損害で、これからの東部戦線の戦況によってさらに拡大することが予想される。

2011年3月11日の東日本大震災のさい、直後、ある経済官僚と話をしていたとき、「大丈夫です、主な被災地である東北の3県を合わせても、GDP合計は日本全体の5%ほどにすぎませんよ」というのを聞いて、それはちょっと違うのではないかと感じた。地震と津波によって失われたものは、人命を除けばほとんどがストックである。それは1年分のフローであるGDPでは表現しきれないはずだろうと思えたのだ。

英経済誌ジ・エコノミスト4月11日号の「ウクライナを再建するためのコストはどれくらいになるか」との記事は、さすがにフローとストックの両方から検討している。まず、GDPでの損失だがウィーン国際経済研究所の数値では約29%の下落、電力消費でいえば約3分の1が減少、ウクライナ中銀によれば国内の30%の工場が生産をストップし他の生産も45%下落する。そして、世界銀行の数値が45%のマイナスということだ。

同誌はさらにウクライナのインフラその他の回復を遂行するには、どれほどのコストがかかるかキーウ経済スクールの推計を紹介している。それによれば、エネルギー・プラントや工場から橋や道路を合計した額は約540億ドル、さらに他の費用を合計すると680億ドルに達するという。同スクールが発表している戦争被害の一覧グラフを見れば、他にも住宅の損失が巨大で、280億ドルに達しているし、また空港や鉄道の損害も大きい。これらは失われたストックの現在価値総額で、もちろん時間もかかるだろう。

ちょっと脱線するが、ジ・エコノミストが掲載したグラフはすべてキーウ経済スクール(経済大学)と出典が記されており、実は、4月5日に同誌が掲載したときにはインフラだけで580億ドルになっていた。その後、320億ドルに修正しているが、しかし、全体では680億ドルというのは変わらず、どうやら単純ミスだったらしい(下のグラフのように新しいバージョンでは修正している)。最初に発表されたとき変だと思ったので、修正を待っているうちにこのサイトでの紹介が遅れてしまった。

さて、4月9日の記事ではもうひとつのテーマがあって、こうした復興を加速するには、ウクライナは西側諸国との関係を深めるしかないという指摘である。たとえば、西ドイツが第二次世界戦後、急速に復興を遂げて「奇跡の経済」と呼ばれたときも、東側には依存しなかったお陰であり、ポーランドが冷戦終了後15年ほどでGDPを80%も増加できたのは、やはりEUに属した成果だというのである。

ウクライナにおいても、実は、すでに急速にEUに接近していたわけで、復興による未来はEUとの経済的関係を深めることだという。同誌の指摘で興味深いのは、ウクライナは旧ソ連から独立後、かならずしも経済成長を実現してはいなかったということだ。「2019年のウクライナの国民1人当りGDPは、実質において、ソビエト連邦の崩壊時よりも低かった」のだという。

これはウクライナの経済改革が遅滞していたことに原因があるので、復興を実現していくなかで、同国は経済改革が必要だというわけである。とはいえ、まず、EUへの接近を推進すればするほど、たとえロシアとの戦争状態が終わっていても、(そしてプーチンがたとえ失脚していても)ロシアにおいてはますます戦略的にウクライナ(とNATO)への警戒は高まることが考えられる。そもそも、ウクライナは本格的に復興を開始できるまで、どれほど時間が必要なのか、残念かつ当然ながら、ジ・エコノミストのこの記事は予測していない。

あえていえば、すでにウクライナ戦争が「代理戦争」の様相を見せるなかで、早期の解決は遠のいていると見たほうが妥当かもしれない。この代理戦争はウクライナにはアメリカとNATO諸国がついて、ロシアには中国(可能性としてはインドも)がついているという、ちょっと非対称的な構図だが、軍事大国とされてきたロシアの意外な通常戦の「弱さ」を考慮すると、歴史的にみてだらだらと長期化する危険のある代理戦争の構図を十分に形成しているように思う。これから始まるとされる、ウクライナ東部戦線の大規模な衝突の結果にかかわらず、それは当てはまってしまうのではないかと思えてならない。

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