ウクライナ戦争と経済(28)いま穀類の価格が下落している理由は何か?

ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、穀類が高騰して世界を震え上がらせていた。ところが、ここにきて穀類の価格が下落して、侵攻以前の価格に戻ってしまったという。これは本当なのだろうか。そして、本当ならば、いったいその理由は何なのだろうか。そして、それは続くのか。グラフを見ながら、まず推理してみよう。

まず、小麦だが今年の1月4日を100としたとき、一時は163くらいまで上がっていた。それが8月22日には100近くまで下がった。また、トウモロコシは130以上に上昇したが、これも100近傍に下がった。さらに、パーム油などは一時75まで下落するという事態すら見られた。コメは市場の特殊性(小麦などと比べて規模が小さく、国家が価格管理する場合も多い)もあって、それほど上がらなかったが、いまは他に比べればちょっと高めである(下のグラフ参照:The Economistより)。

その理由を推理していただきたい。たとえば、国連が介在してウクライナ小麦の輸出を実施させたのが大きな効果があったのだろうか。あるいは、ロシアがここぞとばかり高価格になった穀類の輸出増加に踏み切ったからだろうか。それとも、今年は天候が穀類にとっては好条件だったので、ウクライナ以外での収穫量が多かったためだろうか。

英経済誌ジ・エコノミスト8月23日号は「予想に反して、世界の食料市場は下落に転じている」を掲載している。この記事によれば、小麦、トウモロコシ、パーム油の価格が高騰の後に下落したのは、これらの理由が複雑に組み合わさった現象だといいたいようである。つまり、国連の仲介もある程度の効果があり、ロシアが売りに出たのも本当で、穀類にとって好天だったというのも正しいというわけである。

シカゴの先物市場で小麦は、1ブッシェル7.7ドルに下落したが、これは12.79ドルからの転落で、ほぼ2月のレベルまで戻った。(小麦価格の維持を約束した岸田政権はほっとしているだろう)。また、トウモロコシもロシアによる侵攻前にまで回帰した(日本の畜産農家も飼料代の急騰が終わりそうだと胸をなでおろしたかもしれない)。そして、アイスクリームや即席ヌードルに使われるパーム油にいたっては、侵攻前よりかなりの下落を見せているというわけである(ダイエット中の女性が悲しんだかどうかは不明である)。

それぞれの理由について同誌のコメントを記しておくと、国連の仲介で黒海のオデーサ港から送り出された小麦は、価格が下がった「ひとつの理由であるといえる」。また、ロシアの積極的な売りについては「2022年から翌年にかけての輸出予定は3800万トンで、これは例年より200万トン多くなっている」。さらに、世界的な「豊作が背景にあった」ことは確かで、「それは今年前半の好天が幸いしていた」。(写真はThe Economistより)

ジ・エコノミストがこれらに付け加えている、急激な穀類の高騰と下落が生まれたもうひとつの理由は、投機筋の動きだ。投機的な買いを行なう穀物買い付け会社が、ウクライナ戦争による価格高騰を「過剰評価」してしまった可能性である。戦争だというので投機に走ったが、世界の穀類市場が巨大だったために、ショックがある程度吸収されてしまい、思惑が崩れたというわけである。

とはいうものの、いまの価格下落がそのまま家計への負担を減らしてくれるかといえば、残念ながらそうではないと同誌は述べている。これからも投機筋は新しいショックを待って、さらなる勝負にでるかもしれない。また、アメリカのFRBを中心とする世界の中央銀行による利上げが続く見通しもあり、この場合には先進国の通貨が高くなるので、再び穀類の価格上昇につながるかもしれない。「そもそも、穀類の価格はロシアの侵攻前から高かったわけで、再び急騰はないとの保障はまったくない」。(写真はfaz.comより;天然ガスを載せた船が海をさまよう)

たとえば、ジ・エコノミストが挙げている例は天然ガスと肥料で、いずれも高騰したままで推移している。肥料をもう少し詳しくみると、肥料の原料となる尿素は1トン955ドルから680ドルまで下がったが、これはロシアの侵攻前から以前として400ドル高いという。天然ガスに典型的なように、その価格の成り立ちが複雑で政治や投機が絡むものは、それだけ不確実性は高いと見なくてはならない。

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