ウクライナ戦争と経済(12)ロシアの街角で若者たちがコーヒーを楽しめる謎

ほとんど世界中がロシアに対しての経済制裁に加わっているのに、なぜ、ロシア国民はプーチンを失脚させないのだろうか。それどころか、もうそろそろ革命が起こってもよいのではないだろうか、などと考えておられる人には意外かもしれないが、通貨であるルーブルは持ち直し、さらに実体経済もそこそこ維持している。その理由はどこにあるのか。

「4月の早い時期に、本誌は、ロシア経済が、西側の異例な制裁が行われていても、すでに崩壊しているという見方には同意できない暫定的なエビデンスを提示した。最近のデータもこの見解を支持するものだ」との文章を掲載したのは、英経済誌ジ・エコノミスト5月7日号である。例によってクールに、慨嘆するでもなく、もちろん歓喜することもなく、たんたんと述べてデータをグラフにして掲載している。

まず、通貨ルーブルの価値が回復した理由だが、「資本のコントロールや高い金利に助けられて、ルーブルは2月24日のウクライナ侵攻の前と同じくらいの価値になっている」という。おかげでロシアは、外貨建て国債の利子払いもなんとか維持しているようだと同誌は述べる。ちょっと抽象的だが、具体的には、ロシアは石油に対する外国の支払いをルーブルで要求するなどして、国際市場でルーブルが買われる方向に誘導していたことなどが挙げられるだろう。

また、実体経済はどうかというと、「これがまた驚くべきほど強靭なのだ」という。物価はルーブルの最初の下落や外国企業の引き上げを反映して、今年の初めと比較して10%の上昇している。しかし、さまざまな経済活動の指標である「現在経済活動指標」を見れば、「おおむね(前の標準で)維持されている」といえる。たとえば、電力消費はたしかに低下しているが「それは微小にすぎない」。

たとえば、ロシアで最大の銀行ズベルバンク(ロシア貯蓄銀行)の消費追跡調査によれば、いまロシアでは喫茶店、バー、レストランなどがけっこう盛況だという。4月29日には中央銀行が基本金利を17%から14%に引き下げた。これは2月に始まった取り付け騒ぎが鎮まったことを意味し、いまや何人かのエコノミストが述べていた「今年のロシアGDPはマイナス15%」という予想は、かなり悲観的に見えるようになっている。

こんなことばかり書いてある記事を読むと、なかにはムカツク人もいることだろう。そんなバカなという単純な疑問と憤りに始まって、ジ・エコノミストは隠れ親ロ派ではないのかと勘ぐる人もいるかもしれない。しかし、これはあくまでデータによる判断であり、その点からすれば「客観的」な「デビデンス」に基づく指摘にほかならない。しかも、実はこうした現象には、かなり単純な「種明かし」がある。

なんのことはない、それは政治的には制裁を声高に述べているヨーロッパ諸国のなかには、いまだに実行していない国が多々あることが大きい。そもそも、5月4日にヨーロッパ委員会が発表した方針というのが「今年中には対ロシア原油禁輸を完全に実効する」というもので、あれこれ言葉をひるがえして完全実行を回避してきたのである。それは無理ないかもしれない。たとえば、ドイツなどで完全に実行すれば、エネルギーの6割くらいを別の資源に求めなければならないと、担当閣僚がテレビで発言しているのを見た。報道では石油はロシア産に対して37%、天然ガスにいたっては46%の依存度である。(写真はThe Economistより)。

ことほど左様に、フィンランドのリサーチ会社のデータによれば、ウクライナ侵攻以降も、ロシアは少なくとも化石燃料(石油と天然ガス)を650億ドル分ほど、タンカーやパイプラインを通じて売ってきたと推測できる。そのお陰で、ロシアの第1四半期において、政府の化石燃料からの収入は、前年度比で80%も上昇したという。あえて再び付け加えれば、ロシア国内は戦場になっていないのだから、ウクライナ国内の悲惨な光景とは大きく異なる。洒落たカフェで若者たちが、会話を楽しむ風景が見られても少しも不思議ではない。

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