ウクライナ戦争と経済(37)レズニコフ国防相の解任と大富豪コロモイスキーの逮捕はセットだった

ウクライナ政府が高官を更迭するとすぐに、これは汚職問題だと報じるメディアは必ずしも間違っていない。しかし、ものにはタイミングというものがある。今回の国防相解任については、もう少しウクライナ国内の複雑な駆け引きとともに、アメリカを中心とする西側諸国との関係を考慮しなければ、その内実は浮き上がってこない。

英経済誌ジ・エコノミスト9月4日号に掲載の「ウクライナは本当に腐敗と闘う気があるのか」は、単純に「これは汚職問題が原因だ」と決めつけていない点で、他のメディアからかなり異なるスタンスで国防相の辞任問題を取り扱っている。ウクライナという国はけっしてシンプルな国ではない。実は、文化的にも西欧的な価値観では分かりにくいところもある。同誌は理屈っぽいので知られているが、ここではその体質がよい方向に働いている。

まずはこの記事に従って紹介しておくが、タイトルに引っ張られて「ああ、今回の国防相更迭などは、氷山の一角ということか」などと早わかりしないでいただきたい。最終的な決定をしたのはゼレンスキー大統領だと思われるが、その決定にはいくつもの要素が含まれていて、それらが複雑に絡み合っているなかで、最終的にウクライナとゼレンスキー自身にとって有利な選択をしたということなのだ。

この国防相解任が、実は、前日の有力オリガルヒであるコロモイスキーの逮捕と拘留とに関係があるのではないかとする点で、私が投稿しておいたブログと共通している。私のブログはここでは触れないが、共通している結論だけを言えば、このゼレンスキーの決断には、いまウクライナが行っている反転攻勢を支援している、アメリカをはじめとする西側諸国に高潔な国として納得してもらうという意図があるということである。

このジ・エコノミストの記事が注目しているのは、反汚職キャンペーンは国内外の評価を高めるので、ゼレンスキー政府も疑惑のある高官を更迭するのは積極的になっているが、今回の場合にはそのタイミングとやり方が、ちょっとこれまでと異なっていたということである。まず、レズニコフ国防相の解任についてだが、これもレズニコフの部下たちがすでに更迭されており、しかも、政府内部の情報によれば、レズニコフ自身は、卵を出入りの業者から高く買い、トルコ製の軍用コートを何倍もの価格で購入したことに、直接関わっていないことはあきらかなのだ(もちろん、省のトップとしての責任はある)。

しかも、更迭された部下たちは、レズニコフが国防相に就任する以前に役職についており(つまり、任命責任はない)、少なくともいまのタイミングで彼を辞めさせる必要はなかった。ソ連時代にはパラシュート部隊で活躍し、その後、苦学して弁護士となり、ウクライナ独立後は政治家に転じて国防相にまで出世したという経歴から見るように、立志伝中の人であり議論にも強かった。もし、レズニコフが追い詰められたとすれば、こうした人物にありがちな強い自信が災いし、卵問題やコート問題で記者団と口論してしまったことが、今回の事態に結びついたのかもしれないという。

いっぽう、コロモイスキーの逮捕・拘留についても、ゼレンスキーが人気者になったテレビのオーナーであり、大統領選についてもかなりの支援を与えていた。金融詐欺などの疑惑があり、アメリカなどが国外退去の対象にしているのに、いままでこのいかがわしい人物を国内に受け入れていたゼレンスキーのほうがおかしい(ゼレンスキーが大統領に当選後、亡命先のイスラエルから帰国した)と見られていた。ところが、今回の起訴・拘留である。

これはタイミングから考えれば、レズニコフの場合と同様に、国内外に対する清潔イメージのアピール以外には考えられない。特に反転攻勢を支援する西側諸国へのアピールは喫緊課題になっていた。しかも、ジ・エコノミストによれば(以下は新しい情報である)、彼を逮捕したのがウクライナ国内安全サービス(SBU)だったのが異様だという。というのも、こうした汚職摘発は、いまや国家反腐敗局(NABU)が管轄しており、今回のケースでもNABUが動くべきだったというのである。

この点について同誌は、SBUはゼレンスキー大統領の配下にあって、法律的な機関とはいえず、むしろ、政治的に処理される可能性が大だという。また、NABUは西側諸国の影響力がきわめて強く、ゼレンスキーはコロモスキーを西側諸国からの圧力から庇護したのではないかとの疑惑もあるほどだという。今後、NABUが改めて起訴することも可能だというが、それもゼレンスキーによって密かに阻止されるかもしれない。つまり、ゼレンスキーはこの問題については西側諸国向けの「ふり」をした可能性があるというわけだ。

「このコロモイスキーが法廷に引っぱり出されるかという問題と、レズニコフ国防相が地位から去るかという問題はともに、ウクライナを西側諸国がこれからも継続して支援してくれるかに大きくかかわっており、(ゼレンスキーにとって)けっして軽視できない懸案事項ということができた」

この記事はジ・エコノミストの文責になっているが、論旨やエビデンスについては、ユリー・ニコロフというジャーナリストがかかわっていることが分かる。このニコロフは最後に、ウクライナの腐敗問題に新しい光を当てることによってのみ、政府内のペテン師どもに有効打をお見舞いできるだろうと語っている。単純な構図ではこの事件は解明できない。「人々が見る目を多く持てば持つほど、ペテンにかけるのは難しくなる」というのである。

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