ウクライナ戦争と経済(20)円安で海外投資家に買い叩かれる日本

とうとう円が1ドル=135円まで下落した。円が安ければ日本企業にとって有利だというのは、もはや過去の話だ。日本の輸出企業の多くは、日本国内生産から現地生産に移行してしまっている。単純化はできないが、今回の円安は日本が「買われる」ということを意味する。買われるのは国内の資産、株式、そして会社である。

財務省、金融庁、日銀は6月10日に情報交換会合を開いて「円安を憂慮」とのメッセージを発したが、それで何をするかは曖昧なままだった。金融政策のメッセージが曖昧なのはいまに始まったことではないが、たとえば、日銀が金利を上げて円安の流れをとめるというような具体策は出てこない。それどころか、日銀は来春に黒田総裁が退任するまで、いまの金融緩和を続けるとの説がもっぱらなのだから、円が売られるのは当然だろう。

円が安くなると輸出がやりやすくなるというのは、もう過去のものであることは冒頭で触れたが、もちろん国内生産にこだわっている企業や製品については、いかばかりかのプラスはある。しかし、これも原料を海外に求めているような製品の場合には、あまり有利だとはいえない。

有利になっているのは、海外の消費者、バイヤー、企業であり、これまで買いたくても手が出なかったものを買うという動きはもう進んでいる。日本の特産品は当然だが、それは経済全体からすればマイナスではない。しかし、日本の不動産がターゲットにされている。日本企業の株式が急速に海外の投資家に買われている。また、日本企業もすでにM&Aの対象として脚光を浴びている。

フィナンシャルタイムズ紙6月12日付では野村証券の奥田健太郎CEOが「日本は安い」ので、海外から不動産買いに投資家が訪れ、M&Aの波に乗れそうだと話している(「野村の執行役が円安は海外のM&Aを加速する」)。「最近の海外ビジネスマン入国者への制限緩和は、為替レートの動向による『安い』日本現象とあいまって、すでに海外の投資家たちが大挙して日本の大都市に殺到する現象を生んでいます」とのことである。

奥田氏によれば「若いトレーダーたちは金利が上がっていくような状況を経験していません。これはパラダイムシフトなのです。われわれが昨日やっていたことを今日続けるなと、私はつねに言っているんです」。元ニューヨーク連銀エコノミストでいま野村役員のパトリシア・モッサーは「円が安くなる事態に備える必要がある」と言っていたそうである。

野村のような証券会社は、これから株式はもちろんのこと、不動産でも企業でも、売買にかかわることでビジネスにしていくことだろう。ひょっとすると、海外から来たバイヤーや投資家たちに、お土産を持たせるために、京都あたりの特産品を必要経費で大量に購入するかもしれない。しかし、ターゲットになる不動産の持ち主や企業、そして日本経済全体にとっては、この「パラダイムシフト」は、必ずしも楽しいことではないかもしれない。

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