ウクライナ戦争と経済(15)米国のダウが1164ドル超の暴落で不安が広がる

アメリカのダウが1164ドル超下落して、世界に不安が広がっている。先日の下落はハイテク株が中心だったが、今度は小売のウォルマートやターゲットといった巨大流通なので、いよいよ米国民の身近なところに、インフレによる影響が及んだと指摘されている。しかし、今回の株価暴落は長期的理由もあれば短期的理由もある、いわば前から分かっていたことが、今になって現実となっているにすぎない。

海外の経済新聞の多くは、この株価下落の原因を「インフレ」だとしている。たとえば、ウォールストリート紙5月18日付は「流通のターゲット社株、ウオルマート社株が売られてインフレーションの痛みを鮮明にしている」との記事を掲載し、「インフレーションがアメリカの巨大小売業を押さえつけた。第1四半期の業績は生産物から燃料まで、すべてのコストが高くなって締め付けられたのだ」と述べている。

同紙に登場する、ナティックシス・インベスメント・マネジャーズのポートフォリオ・ストラテジスト、ギャレット・メルソンは「われわれは何よりも今年のインフレを恐れている。さらに、FRBが攻撃的に成長を抑え込もうとしていることも、インフレと同様に懸念している」と語っている。インフレを抑えるためにFRBは金利を上げようとしているのだから、矛盾しているような話だが、投資家たちの主観はそうなのだろう。

代表的な流通企業ターゲット社の株価は24.93%も下落したが、それは最新の四半期の利益が予想よりかなり低かったからで、同社は購買者に与える価格上昇以上に高いコストを吸収しなければならなかった。同社の経営陣は、燃料費や輸送費が今年は予想より100億ドル多くかかったが、その予兆といったものが見破れなかったという意味のことを述べている。

また、ウォルマート社も下落率が6.789%と、ターゲット社ほどではないが、かなり大きかった。「商品購入、サプライチェーンの維持、そして雇用の費用が、この第1四半期の利益に大きく食い込んだ」と、同社のCEOであるドゥグ・マクミランは落胆しながら語っている。

フィナンシャルタイムズ紙5月18日付は「アメリカの株式はこの数カ月のパンデミック以来、最悪の日を迎えた」との記事を掲載しているが、この記事でも「企業の利益にインフレとサプライチェーンの停滞が大きな懸念となっている」と指摘している。ステート・ストリート・グローバル・マーケッツのマクロ・ストラテジスト、マイケル・メットカルフは「経済成長のストーリーが陰り始めたので、確定買いが始まった」と述べている。

また、エリック・ジョンストンの株式デリバティブ主任、カンター・フィツェジュラルドは「ウォルマート社やターゲット社の下落はかなり心配だ。消費者が(商品価格の上昇のために)購入を控えている一方で、株式投資の利ザヤもパンデミック前に戻ってしまっている。この2つが小売業株が急激に下落を始めた理由だと思われる」と分析している。

さらに、フィエラ・キャビタルのポートフォリオ・マネジャーであるキャンディス・バングスンドもまた「われわれはこのところ、インフレの環境のなかでも、利益を上げる点については楽観的だった。しかし、インフレは同時に、利益のマージンを下げてしまうということを忘れていた」と、株価下落の大きな理由がインフレであることを指摘する。最近の論調からすれば、インフレは経済成長と雇用のために必要なものとされ、その弊害は小さく見積もられてきたが、実際にインフレが起こってみると、思ったよりマイナスのインパクトはあったということだろう。

株式市場にどっぷりと浸かってきたエコノミストたちからすれば、この数カ月の急速な変化、とくにインフレと、それに対応しようとしているFRBの金融引き締めが、株価下落の最大の理由だと決めつけるのは分からないでもない。しかし、それはあくまで短期的な現象にすぎない。言い換えればインフレは「近因」といえる。

しかし、アメリカの株価市場はすでにトランプ政権の時代からかなりのバブルだった。それはハイテク企業への過大な期待と、トランプ大統領の行った「トランポノミクス」によって、根拠の薄い好景気と株価急伸を実現してきた。もし、コロナ・パンデミックが始まらなければ、いずれバブル崩壊はやってきていただろう。しかし、皮肉なことにパンデミックのお陰で、政府の金融および財政の大盤振る舞いが開始され、いったん下落した株価は急伸して、空前のブームが生まれた。これが「遠因」で、根本的な問題といえる。そして、市場の崩壊を起こすのは、たいがいの場合には何らかの予期不可能の事件である。

今回の場合、いまのような過剰な財政支出によって起こった意外なインフレの急伸、それに対応するための急速な金利引き上げが事件であり、特に、予期不可能だったのがロシアのウクライナへの侵攻である。戦争の勃発がバブル崩壊の切っ掛けや加速になることは多く、そのことについては「今のバブルはいる崩壊するか(3)崩壊させるショックとは何か」をご覧いただきたい。

ただ今回、まだ希望が持てるのは、2000年のITバルル崩壊の際の企業の腐敗や、2008年のときのような住宅ローン証券が生み出した金融危機が起こっていないということだ。特に住宅については、いまの住宅ローンの規制が厳しいので、サブプライム問題を生じることはないと説が有力だが、住宅市場がバブルとなっていることは間違いない。米国の住宅購入者には、投資目的で2軒も3軒も保有している人が多いともいわれ、これは過去の住宅バブルと同じだ。さらに、まだ顕在化していない、隠れた金融上の陥穽が急浮上しないとも限らない。

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