ウクライナ戦争と経済(1)米国FRBは戦争でも金利を上げるのか?

ウクライナ戦争が開始され、その影響で世界経済が停滞の危機にある。このなかでアメリカの中央銀行にあたるFRBは、計画していた金融引き上げを実行できるのだろうか。普通に考えれば経済が危機に瀕すれば、金融は緩和すると考えるだろう。しかし、今回の戦争の影響を考えると、それほど単純な話ではない。

ウォールストリート紙2月28日付は「ロシア・ウクライナ戦争はFRBをさらなる引き締めの危険に追いやる」との記事を掲載して、FRBはこれまでの金利引き上げ計画を断行するだろうと予想している。「ウクライナでの戦争はFRBが3月に金利をあげることを阻止することにはならないだろう。むしろ、悪化するインフレ圧力はこれまでFRB高官が示唆してきたものより、より厳しいものになる可能性すらある」。

もちろん、これは同日に始まったロシアとウクライナの停戦交渉がどうなるかによる。しかし、ベラルーシでの両国の交渉は始まったばかりとはいえ、停戦の条件においてあまりにも隔たりが大きく、容易に合意に達することは難しい。そのいっぽうで、48時間後とされた首都キエフ陥落も、ウクライナ軍の抵抗によって阻止され、すぐに戦争は終わるという予想が消滅し、事態はさらに見通しが悪くなっている。

戦争が起こると戦場にならない国は、景気がよくなるというのは嘘ではないが、いくつもの条件が満たされていなければならない。よく知られた例としては、1939年のアメリカだが、ルーズベルトがせっかく景気が好転しかけたところで財政均衡路線を採用し、そのため「ルーズベルト不況」が生まれていた。それを救ったのはナチスが始めた戦争で、アメリカは武器供与に関する「中立法」を改正して武器を輸出することで好況に転じた。

まず、戦場が遠く離れていることが大きく、また、その国の経済が需要不足に陥っていることも条件となる。では、今回の場合はどうなのだろうか。すでにジ・エコノミスト誌2月26日号が「ウクライナ戦争の経済的帰結」という記事を掲載して、だいたいの「見取り図」を提示してくれている。同誌によれば、この十年ほどのあいだも紛争や戦争があったが、なんとか世界経済は切り抜けてきた。しかし、今度の戦争はこれまでの危機とは異なっているという。

「ロシアによるウクライナ侵攻は、こうした(この十年の)パターンを壊してしまいそうだ。というのも、経済規模が世界で11番目で、巨大な資源輸出をしている国(ロシア)が孤立してしまうからである。当面の世界経済の見通しは、高インフレーション、低成長、そして強い制裁のため金融は停滞する。さらに長期的に見れば、グローバル・サプライチェーンと金融市場は、いま以上の衰退が予想される」。

まず、商品市況が受けるショックだが、ロシアがEU消費の41%を供給してきた天然ガスが途絶えるだけではない。(中国が人民元で購入するとの話だが全部は無理だろう)ロシアは世界で最大級の石油供給国であり、ニッケル、アルミニューム、パラジウムの輸出量も大きい。さらに、ロシアとウクライナはきわめて大量の穀類の輸出国でもある。こうした自然資源の輸出品のかなりの量が、世界の市場から消えてしまう危険性があるわけで、世界経済への影響はかなり大きい。

もうひとつのショックが、ハイテクと世界金融市場への影響だとジ・エコノミストは指摘している。すでに述べた自然資源の影響は西側諸国とロシアの双方が受けるものだが、金融とハイテク製品はロシアだけが被害を受ける一方的なもののように思われる。アメリカはロシアのハイテク企業に強い禁輸をかけ、また、国際決済システムのSWIFTからロシアを締め出して制裁を強化しようとしている。しかし、取引じたいはSWIFTなしでもできるとの指摘もあり、徹底した締め出しは世界の資金の流れを変えてしまい、いわゆるブーメラン効果を生み出して、西側の経済をも停滞させる危険が憂慮されている。

アメリカはそれほどインフレが怖いのかと、不思議に思う人がいるかもしれない。当面、ウクライナ戦争が続いている間は、FRBが我慢をすればいいではないかという人もいるだろう。しかし、いまアメリカは供給不足だ。インフレは国民の生活をいちじるしく圧迫する。また、前出ウォールストリート紙2月28日付に掲載された「インフレーションは年金ファンドの費用を上昇させる」が述べているように(上下のグラフ参照)、40年ぶりの高インフレが低収入の国民の生活を脅かしているだけでなく、インフレ予想が金融資産の価値を激しく変動させ、金融機関を動揺させていることも大きい。そこに金融政策によって一定の見通しを与える必要もある。

ようやく醤油やカップラーメンなどの値段が上がり始めた日本にいるとピンとこないが、アメリカをはじめヨーロッパ諸国では、すでにインフレが重要な政治および経済問題になっている。そこにウクライナ戦争の開始によるインフレの加速が予想されているわけで、これまでのような余裕をもちながらの金融政策ではすまなくなっている。いや、それどころか、アメリカ中心の経済グローバリズムが、いよいよ終焉するとの予想も現実味をもってきた。ジ・エコノミストの前出記事の最後の部分を引用しておこう。

「ロシアのウクライナ侵攻は、たんにグローバル経済危機を引き起こしているだけではない。それはこれから数十年の世界経済を、どのように統御していくかという問題についても、大きな変更を迫るものになるかもしれない」

ウクライナ戦争が勃発したことによる経済の影響を検討すれば、まさにこれまでの世界経済のありかたを、真剣に考え直さざるをえなくなっていることがあきらかだ。このシリーズではウクライナ戦争が継続している間に、何回かそのことについて述べたい。シリーズが短期で終わることを祈りたいものだ。

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