コロナ恐慌からの脱出(20)米中のコロナ・ワクチン戦争

コロナ・ワクチンをめぐる大国の駆け引きは熾烈をきわめているが、なかでも中国の出方がこれからの世界的動向を左右するのではないかと思われる。技術的にはアメリカや英国が先行したとしても、中国は途上国の支持を得ながら政治的に牽制するだろう。

さる5月18日のWHO総会では、台湾の参加をめぐって摩擦があったが、もうひとつ注目すべき事件があった。中国の習近平国家主席が、途上国を中心とする国際的な感染対策として2年間で20億ドル拠出すると表明しただけでなく、コロナ・ワクチンは「国際公共財」であるべきだとぶちあげたのである。

もちろん、これは習主席による駆け引きの始まりと見るべきで、中国が開発中のワクチンが先行できれば自国が優位に立つからそれでいいし、中国がワクチン開発に遅れを取ったときには、国際公共財を強調する方向に向かえばいいわけである。事実、習主席はこの公共財は「無償」であるか否かについては何も触れなかった。

7月20日に英国のアストラゼネカ社が、同社のワクチンが治験の最終段階に入ったと発表したときも、ブルームバーグが中国のカンシノ・バイオロジクスが開発中のワクチンが、有望な結果を出したと報道した。その細部ははっきりしていなかったので、アストラゼネカのワクチンについての報道に埋もれた感があったが、これなども、ある種のワクチン開発競争のなかでの、駆け引きのひとつと見たほうがいいだろう。

日本などは、以前、安倍首相が答弁したときには英国のアストラゼネカ社および米国のモデルナと約束しているといっていたのに、7月31日には加藤厚労相が米国のファイザー社とのあいだに契約が成立し、来年の前半には同社製のワクチンが6000万人分供給されると発表した。独自に開発するなどという話はまったくなく、ただ単にワクチン大国にふりまわされているという印象をもったのは私だけだろうか。

中国の国際公共財論に対しては、当然、アメリカは反発している。そんなことになったら、せっかく米政府が支援して開発している何社かのワクチンが完成しても商品的価値が下がるだけでなく、政治利用もやりにくくなる。大統領選を前にして、トランプとしては起死回生の手段のひとつだ。

米外交誌『フォーリン・アフェアーズ』電子版7月27日号は、ボリキイとボウンの論文「ワクチン・ナショナリズムの悲劇 だた協力だけがパンデミックを終わらせる」を掲載している。この論文については、すでに「HatsugenToday」で紹介しているが、要するに国際公共財というのは「理想論」であって、功利主義的な方向での妥協が現実的だと論じている。つまり、途上国はサプライチェーンにおいては重要拠点であり、先進国の製品の輸出先であることを考えれば、ワクチン供給を推進することが上策だというわけである。

おそらくは、こうしたアメリカ的プラグマティズム、あるいは功利主義が有効だと思われる。しかし、中国がワクチン公共財論と国を挙げてのワクチン開発との2本立てで、途上国を味方にし、また、ワクチン開発と製造で優位に立とうとするのは制御できないだけに、しばらくは混乱が続くことになる。

日本はせっかく国内でもいくつかの試みがいいところまで来ているのに、こうしたワクチン・ナショナリズムの噴出に翻弄されてしまい、国民は、いま政治家たちが、自分たちが何をやっているのか分からなくなっているを見守るだけというのは、ほんとうに寂しい。

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