TPPの現在(10)バイデン大統領候補による米再参加の意味

再びTPP(環太平洋経済連携協定)が注目されている。今年の米大統領選で、いまのところ勝利しそうな米民主党のバイデン候補が、経済政策のひとつとしてTPPに再参加することを表明しているからだ。もちろん、いまバイデンが語っているTPPは、かつてオバマ政権の副大統領として語っていたときとは、その意味や論点が微妙にずれている。

その一方で、8月6日に、TPP11のオンライン閣僚級「TPP委員会」で、コロナ禍からの経済回復のため「自由貿易の推進」を支持する声明が発表された。このとき、サプライチェーンやデジタル化の強化だけでなく、「医療品・機器を含め、新型コロナ禍の間、必要不可欠な物品やサービスの流れを促す」との方針も示されたことは無視できない。

まず、アメリカにおいて、バイデン大統領候補がTPPを言い出した背景を確認しておこう。バイデンは7月9日に総額7兆ドルにのぼる経済刺激策を発表したが、これはもちろん、トランプ大統領の派手な経済刺激策への対抗として提示されたものだ。

「我々は納税者により納められた税金を使うさい、つまり、連邦政府が納税者のお金を使う場合、アメリカの製造品を購入し、アメリカの雇用増を支援するものでなければならないのであります」(ペンシルべニア州での演説 ワシントン・ポスト紙 7月10日付)

こうした露骨な「バイ・アメリカン」の姿勢は、当然、共和党系の評論家からは批判の対象となっている。たとえば、トランプの元選挙対策本部長だったスティーブン・バノンは「民主党は2016年の大統領選のときのトランプのやり方を盗んでいるにすぎない」とラジオ番組でせせら笑っている。もちろん、こうした「バイ・アメリカン」の連呼は、当のバノンがトランプにやらせた選挙戦略だったと、バノンは言いたいのだろう。

ともかく、アメリカの製造業を復活させ、雇用を取り戻すことが肝要。そこで「バイ・アメリカン」を他国にも押し付ける政策だったTPPも復活というわけだが、ワシントン・ポスト紙は、実は、バイデンはオバマ大統領ほど、TPPに熱心ではなかったと指摘している。というのも、「TPPはアメリカにとって、それほどの利益をもたらす経済協定ではなかった」からだ。

この点、すでに「TPPの現在(2)安倍政権のデータ加工にあきれる」などで述べておいたように、アメリカにとってTPPは10年でGDPをわずか0.09%上昇させるものにすぎなかった。オバマ政権にとってTPPとは、「ここまでやっています」という努力を見せつける政治演出というべきものだった。その演出のために、日本をはじめとする他国にアメリカの工業製品や農産物を買わせる協定だったのである。

しかし、いまの状況のなかでTPPへの復帰は別の意味が強くなってきた。ひとつは、いうまでもなく「わたしたちは、ここまで中国を圧倒しています」という、アメリカの長期にわたる善意を無にした、中国という悪辣スパイ国家への対抗政策としての政治的意味である。ワシントン・ポスト紙の分析を見てみよう。

「バイデンはTPPの再交渉をやるといっているが、それは、いくつかのアジアの国にとって中国の影響力に対する防波堤になりうるという意味が含まれている」。つまり、TPPで儲けましょうということ以外に、中国を封じ込めましょうという、政治的アピールがきわめて強くなっているわけである。

もうひとつの意味は、当然のことながらコロナ禍対策の一環だということだ。「民主党のみならず共和党にとっても、アメリカ企業のサプライチェーンを(中国から)引き揚げるという意味合いがある。それは、今回のパンデミックで明らかになったように、医療品のサプライチェーンのギャップ(つまり、中国に依存しすぎていた)を是正するという意味もある」。

ここらへんは、アメリカ企業が米中経済戦争開始以降に必死に取り組んでいる、「中国離れ」を支援するということだろう。つまり、TPPの参加国のなかにサプライチェーンを移すことによって、中国に対する防御壁を構築すると同時に、アメリカにとっての医療品サプライチェーンも同盟国的なTPPの中に入れていくということだ。この点については、「コロナ恐慌からの脱出(12)グローバリゼーションは終焉するか」をご覧いただきたい。

つまりは、アメリカのTPP復帰と、いまのコロナ禍に対するアメリカ企業の脱中国支援を、バイデン大統領候補は選挙での売り物のひとつにしようとしており、トランプ大統領が今のままであれば、バイデン政権の誕生の確率はきわめて高いから、その実現性も高いことになる。

こうして見てくると、いまの11カ国のTPPがオンライン会議で話し合ったことというのは、バイデンが大統領になりアメリカの復帰を果たすという予想と無関係ではないと見えてくる。トランプ大統領の「大胆」かもしれないが、アメリカ経済と国民を「疲労」させるものに、アメリカ行政府の経済関係部署がうんざりしていることとも関係があるだろう。敢えて勘ぐれば、いまや日本を含むTPP11は、バイデン政権によるTPP復帰の「露払い」をやっているのではないだろうか。

現在のTPP閣僚級会議が、コロナ禍への医薬品対策をもち出したことをもって、コロナ・ワクチンの世界的供給を推進しようとしている動きとシンクロしていると報道している新聞もあった。しかし、それはたとえば、GAVIアライアンスとかIFFImなどの試みとはちょっと違うのではないかと私は考えている。

途上国へのワクチン供給を援助する仕組みは必要だと思うが、TPP参加国などはまだ裕福なほうで、問題は経済協定などからは外れてしまうきわめて貧しい途上国なのだ。ワクチン供給の援助をTPPでやるというのは、かなり別の問題(むしろビジネス的な投資の問題)になってしまうのではないか。

やや性急かもしれないが、簡単に予測しておけば、バイデンが大統領になっても、TPPはあくまでアメリカの自国向けの政策であって、長期を見越した国際社会の再構築などにはなりえない。そしてまた、対国内の「バイ・アメリカン」も米経済を押し上げない。それは、前出のワシントン・ポスト紙もあっさりと認めている。次の言葉は米エコノミストであるアダム・オジミックのものだ。

「バイ・アメリカンを煽って結局は企業のコストを上げさせるやり方は、この20年にわたる米国の生産性下落を修正するものにはならない。それはまったく逆効果で、米企業と米消費者に高いコストを強いるだけのものだ」

つまり、その分だけTPP参加国に、アメリカの輸出品を高く買わせるものになる可能性は高いだろう。西村経済再生相は、TPPが「自由貿易」だと思っているらしいが、こんなものは悪質なアメリカのための「管理貿易」なのである。

いずれにせよ、TPPをめぐる動きは急になってきた。しばらく、この「TPPの現在」はお休みしていたが、バイデン政権成立の可能性とコロナ禍によって、国際経済・政治に再び大きな問題となりつつあり、そして何よりも、日本にとって目を離せない事態となっている。急がずに、じっくり考察してみたい。

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