TPPの現在(21)英国加盟への合意は英国ではほとんど無視された

英国がTPPに加盟することが他の参加国に合意されたとのニュースは、日本ではけっこう目立っていたが、英国の主流経済ジャーナリズムはほとんど無視した。特に取り上げるようなネタではなかったということだ。日本での報道ではスナク首相がEU離脱の効果のひとつと語ったとか、長期的に3000億円の英国経済への拡大効果があると報じているが、かつてTPPを異常に褒めたたえた、日本のマスコミだけが喜んでいる。

そもそも、TPPは2018年に協定が発効したが、すでに17年にトランプ政権のアメリカが離脱しており、巨大なアメリカの市場が与えるとされた効果は、まったくなかった。それどころか、アメリカの本音が露骨に顕れた日米貿易協定によって、アメリカは農業生産物の輸出を促進するいっぽう、TPPでは可能になるはずだったアメリカ向け自動車やその部品の関税廃止は半永久的に延期にした。このとき、日本の外務省高官は「この分野(自動車)は、トランプ政権にとって微妙な分野ですから」と日本記者団に説明したが、会場からは何の質問も出なかった。

この数年はコロナ禍のほうが、よほど注目度が高かったので、ほとんどマスコミも取り上げなくなったTPP(アメリカ離脱)=CPTPP=TPP11だったが、もしコロナ禍がなかったとしても、それほどの経済効果を生み出したとは思えない。それでも何か注目できる効果があったら、当然、西村経済産業相は自分の手柄のように、ぺらぺらと並べ立てたことだろう。

そもそも、アメリカが中心で進められたTPPは、アメリカの巨大な経常収支のインバランスを是正するためといわれたが、そんなことは初めから無理な話だった。TPPが成立しても、10年でアメリカのGDPへの効果は0.01%であり、日本にとっても0.03%に過ぎないというのが、まっとうな経済学者の予想だった。そんなものでオバマ大統領が本気で世界の経済構造を変えようとしていたと考えるほうがどうかしている。

当時のアメリカ農務省のシミュレーションでは、TPPによって生まれる農産物の貿易の約7割は日本に引き受けさせ、そのなかにアメリカの農産物をどれくらい押し込めるかというのが課題だった。オーストラリアとかニュージーランドは、対アメリカ輸出を増大できるというので協力的だった。しかし、実際には多くの条件を課して制限をもうけ、その分は日本に輸入させるというのが、アメリカの本音の作戦といえた。

しかし、アメリカは1996年ころから続けてきた米国中心のグローバリズムを放棄したわけではなく、けっきょくリーマンショックが沈静化すると貿易収支の赤字はあまり気にしなくなった。その代わり、資本収支を拡大してバランスさせるため、それまでの金融サービスに加えてITや知的財産権に大きく依存するようになっていく。いまのバイデン政権が中国のIT産業を牽制し、自国のIT産業に補助金を出すようになったのは、このバランスを維持したいからである。

このグラフ(上図:jugem.jpより。図中の「一時所得収支」は「一次所得収支」だと思われる)はアメリカの経常収支をあらわすもので、2013年までしかないのが残念だが、同国がどのようにしてリーマンショックから立ち直っていったかは十分に分かる。結局、貿易収支つまりモノの貿易は赤字でもよいと考えるようになり、サービス、海外投資、ハイテクに傾斜していった。また、そのサービスの内訳(下図:同)を見れば、以前から急伸していた知的財産権つまりソフト使用料や金融サービスが中心になっていった。

日本では何か「改革的なこと」をやれば、「失われた30年」が終わると騒ぐ傾向が顕著だが、大国間が自国の優位を確保しようとあくせくしているこの世界の中で、大国の都合に合わせれば、下り坂にさしかかったその国の経済が回復する「改革」などありはしない。郵政民営化、農業改革、TPPなどなど、自民党は各分野の「族議員」を脅しすかしつつ、さまざまな「改革的なこと」を断行してきたが、いまだに日本経済の下り坂傾向は阻止されていない。

英国についで、こんどは中国が加盟するのかと考える人もいるようだが、中国はそれほどバカではない。台湾が戦略的にTPPに加わろうとしていたので、先制攻撃的にわざと台湾より早くTPP加盟を申請しただけのことだ。そもそも国営企業、国営金融、国営資本が中心の中国が、TPPなどの広域自由貿易協定に加われるわけがない。また、英国はすでにEUとの関係を修復して、ヨーロッパ大陸との貿易を以前より重視するようになっている。

もういいかげんに、日本の経済マスコミは起死回生策としての「新しい改革ネタ」を振り回すのをやめたほうがよい。まず旧套を脱するべきなのは、この業界なのだ。しかし、そうすると経済マスコミの存在感が問われるので、これからもこの旧套をまとい続け、大国の戦略に盲目的に追従し、日本の経済をますますダメにしていくことだろう。

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