TPPの現在(17)正式に参加を申請した中国の本音を読む

中国がTPP(環太平洋経済連携協定)への加盟を正式に申請したので話題になっている。すでに昨年、習近平がAPECの首脳会議で加盟の意向を表明していたので、いまさら驚くようなことではないが、「いま」というタイミングについては、さまざまな意味があるとおもわれる。

第一には、中国の経済が危機に直面している時だということである。コロナ禍を阻止するための強力な社会規制を続けるなかで、過度な住宅価格上昇を抑える政策を打ち出したところ、不動産セクターで中国恒大集団が経営危機に陥り、理財商品や債券の償還をめぐって投資家たちが、抗議のために本社に押しかけるという状態が続いている。

こんな状態のときに、中国はTPPに参加したいと表明するのは普通に考えれば奇妙だろう。中国経済に対する信用が落ちているとき、「中国は貿易を促進します」と売り込んでいるわけで、かなり不利な交渉ではないだろうか。中国という国はさまざまな国際交渉について、目標に向かって自分のマイナス条件などものともせず、いくらでも時間をかけて最終的にプラス条件を勝ち取ればいいとする傾向がある。とはいえ、何も経済が不動産バブル崩壊に直面しているときに、正式交渉を始めなくてもと思うほうが普通であろう。

第二には、アメリカがTPPへの復帰からは最も遠ざかった時期にあるということである。これは中国にとりプラスの要因だ。すでにこのシリーズの「TPPの現在(16)大統領の促進権限失効で遠ざかる米国の復帰」でも述べたことだが、米議会が大統領に与える貿易促進権限の期限が切れてしまっている。また、アフガン撤退などを巡ってバイデン政権の外交力がいちじるしく低下している。

さらに、バイデン大統領はオーストラリア首脳の名前を忘れたと報道されているように、大統領の体調・心理が必ずしもよくないようだ。これは中国にとって「付け込むチャンス」と考えてもおかしくない。つまり、こうした自国にとってプラスの要素が、経済危機というマイナスの要素より、ずっと大きいと考えているのかもしれない。ということは、この問題にかんして、中国は意外に短期的な勝負だと思っている可能性がある。

注意したほうがよいのは、中国には多くの国営企業があるので、TPPの「自由化」のレベルからすれば、とても中国には条件をクリアすることはできないという、よくある指摘である。これは一般論としてはそうだが、では、シンガポールやマレーシアやベトナムには国営企業がないのだろうか。もちろんある。それどころか、日本にも「国営企業」とされる会社はいくつもあって、それはTPPの交換文書のなかにちゃんと記載されている。

しかも、TPPなどのように多くの国が参加している巨大な協定の場合、国営企業だけにとどまらず他の条件についても、原則にはとても従えない国がいくつもある。その場合、附属書といわれる付帯文書に、さらに細かに例外的な取り決めをして、条件がみたせないから加盟できないという、当面の不都合を回避するのである。

この附属書については、TPPにかぎらず国際社会で交わされる条約や協定の文書ではおなじみのもので、日本のマスコミレベルで論じられる原理原則だけの議論とは、まったく逆のような留保がなされている場合もあって驚くことがある。さらにその留保が、さらなる別の条件によって、解除される部分が細かく付け加えられてあったりして(米韓FTAの医療施設についての附属文など)、本文だけを読んでもその条約や協定の本質が分からないこともあるほどだ。

たとえば、いまのTPP条文のなかの「附属書十七ーF マレーシア」をみれば、国営企業であるプルモダラン・ナショナル社の条項があり「この章(国営企業の制限について定めている十七章のこと)に定める義務は、プルモダラン・ナショナル社又は同社が所有し、若しくは支配している企業ついては、適用しない」と書いてある。初めてこの類の文書を読む人は、「何だこれは」と思うだろう。さらに、「ただし、同社が次の条件を満たす場合に限る」と続いていて、延々と条件がならんでいる。繰り返しになるが、附属書まで読むと、本文の原則が必ずしも絶対的なものでないということは珍しくないのである。

中国がこうした附属書に基づいて、まったく自由化のレベルに達していないのに、むりやり参加してしまおうとしていると断じる気はない。附属書によって条件を緩和してよいかどうかは、他の参加国の判断によるからだ。しかし、いまのTPP11の場合、いったん中国が参加してしまえば、外交的なステイトクラフト(国力)において、中国を制御できる国家が存在していないということも事実である。

次は、朝日新聞電子版に掲載されている、中国によるTPPへの正式な参加申請についての文章の一部である。「今後TPPの加盟国が実際に中国と加盟の交渉をはじめるかどうかを決めることになる。中国政府関係者は『交渉するのはこれからであって、道のりはまだ遠いと思っている』と話す」。いかにも謙虚な感じがして、中国はこれからすでに参加している国々に気に入られるように、国営企業を減らしていくのだろうと思う人がいるかもしれない。

しかし、中国は国営企業を減らそうなどと思っていないかもしれない。いまの中国の経済全体の構造を考えれば、その可能性は高い。まず、経済と政治における圧力によって各個撃破で参加国を説得し、附属書によって条件を緩和していく。それから、中国にとって有利なように本文も変えてしまう。その日まで「道のりはまだ遠い」と、この中国政府関係者は思っているのかもしれない。中国を相手にするさいには、「協定」「条約」「交渉」「約束」「原則」などの言葉を、お人よしの日本人の語感で考えてはならないのである。

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