TPPの現在(18)台湾の参加申請は日本に決断を迫る

台湾が9月22日にTPP(環太平洋経済連携協定)への参加を正式に申請し、この多国間経済協定はますます厳しい国際政治の舞台へと変貌しつつある。いうまでもなく、9月16日に参加を正式に申請した中国は激しく反発しており、現在の参加国のなかでも最大規模の経済規模があり今年議長国を務めている日本は、判断が困難な状況に置かれている。

そもそも、中国の参加申請というものがかなり唐突だった。すでに台湾は2016年から参加希望を表明しており、フィナンシャルタイムズ紙9月23日付によると、参加国との非公式のすり合わせ(コンサルテーション)が進められてきたという。日本としても、来年からは議長国がシンガポールに移るので、今年中に申請をするものと思っていたらしい。

そこに降ってわいたような中国の参加申請は、台湾にとってかなりのショックで、あわてて参加申請に踏み切ったのは中国に先を越されると、おそらくは台湾の参加が事実上不可能になってしまうからだと思われる。いまのTPPの条項には、新しい参加国を認めるかどうかは、参加国すべてに拒否権があり、1カ国でも拒否すれば参加できないからだ。

前回に述べたことの繰り返しになるが、中国に国営企業があるから、そもそもTPPの条項をクリアできないと述べている人がいるが、必ずしもそうではない。ベトナムにしてもマレーシアにしても、そして日本においても、TPPが定義する国営企業は存在しており、原則から外れる部分は附属書によって調整をしている。その問題を解決する期間や国家による援助の条件を付記すれば、当面、参加を認めるということは不可能というわけではない。

しかし、それにしても今回の中国による申請は政治的というしかない。ウォールストリート紙9月23日付などは「TPP参加国のカナダやオーストラリアとの関係を念頭におくと、まったく微妙な(トリッキー)ものというしかない」とまで指摘している。というのも、両国はいまや安全保障において中国と対立しており、オーストラリアがアメリカや英国と原子力潜水艦の獲得をめぐる協定に達した直後に、TPPへの申請がなされているからだ。

それだけではない、いまやあらゆる方法を用いて、中国の急激な膨張をふせぐ試みがなされている。たとえば、安倍第一次政権が試みてほとんど存在感のなかったQUAD(日米豪印戦略対話)も、これまでとはまったく評価が変わってきた。2004年に最初の会議が行われた日本、アメリカ、インド、オーストラリアの日米豪印戦略対話は、最近までほとんど機能しなかった。2019年の会合でもあまり注目されなかったほどだ。

フォーリンアフェアーズ8月6日号にオーストラリア元首相のケルヴィン・ラッドが「なぜクアッドは中国を牽制するのか」を寄稿して、このクアッドをもっと中国の覇権主義を抑えるのに生かすべきだとラッドは熱心に説いていた。TPPにアメリカが参加していない限り、このクアッドを有効に使うことが大事だというのだ。そして周知のように、9月25日の首脳会合では毎年開催で合意したもようだ。(日本にとって残念なのは、出席したのが辞めることになっている菅首相だということで、これでは存在感を示すことができないだろう)。

もちろん、こうした状況と中国による申請の因果関係を証明することは不可能だが、もはやTPPを「経済連携協定」と呼ぶことすら浅薄なほど、TPPをとりまく状況は中国の急速な勢力拡大と切り離して論じることはできなくなってしまった。しかも、最近の中国は自国の意に沿わない決定をした国に対しては、すぐに「罰」あるいは「報復」を行う。前出のウォールストリート紙でパース・アジア=アメリカ・センターのジェフリー・ウィルソンは次のように指摘している。

「いまのTPP参加国にとって、台湾政府との交渉に入るというのはかなり危険な賭けになっている。その交渉はどのように進めるべきなのか、そして、中国と自国との関係にどのような影響がでてくるのか。こうした問題にTPPのメンバー国はおそるおそる自問自答しなくてはならないのである」

なかでも日本は厳しい選択に迫られることになるだろう。中国を先行させて参加させてしまえば、前述したようにTPPの原理原則が大きく揺らぐだけでなく、台湾を見殺しにしてしまうことになる。それでは、どこか他の参加国が拒否権を発揮して、中国の参加を阻止してくれることを待つのがよいのか? しかし、最大のTPP参加国は日本であり、少なくともアメリカが離脱してからはリーダーシップを発揮してきたことになっているのだ。

こうした状況のなかで、すでに述べたようにアメリカに頼るというこれまでの常套手段も消滅している。アメリカは国内の雇用を減少させてしまうといわれるTPPに、すぐに復帰するという選択肢は採れないだろう。また、バイデン政権による突然のアフガン全面撤退をめぐっては、その外交的判断に疑問符がついている。新しい首相が誕生してワシントン詣でをしても、適切なご託宣がもらえるというわけではない。

残るのはおそらく、中国にも台湾にもすぐには参加を認めないで、状況が変わるまで待つという時間稼ぎだろう。ただし、この場合にも、中国に妥協したい参加国に説得力のある論理を提示して、非公式にはアメリカとの間に中期的スケジュールで合意しておく必要がある。もしかしたら、いまの中国の不動産バブル崩壊が、この問題に関して日本に有利に働くかもしれない。もちろん、経済的には日本にも世界にも、別の種類の危機が降りかかってくることになるのは避けられないわけではあるが。

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