TPPの現在(12)ジャパンハンドラーの米国TPP復帰論
リチャード・アーミテージ元国務副長官とハーバード大学のジョセフ・ナイ教授を中心とするグループが、中国を安全保障上の最大の問題と位置付ける報告書『2020年の日米同盟』(CSIS)を発表して話題になっている。共和党系のアーミテージと民主党系のナイは、しばしば「ジャパン・ハンドラー」(日本をコントロールする米政府代理人)と呼ばれてきたことでも知られてきた。
これまでも2人は米国の日本政策を連携して主導してきており、たとえば東日本大震災のさいにも、国内の反原発に対して「このまま日本が脱原発を推進すれば、日本は三流国になりさがる」との露骨な言い方をして、強く牽制した。アメリカの中国封じ込めの一環として位置づけてきた、日本の原子力の軍事的意味を声高に語り、自分たちの東アジア戦略の構図(中国を封じ込めると同時に日本も封じ込める)を維持しようとしたわけである。
今回の報告書のなかで彼らは、第2次世界大戦中に米英が中心になり、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに拡大していった「ファイブアイズ」と呼ばれる情報共有組織に、日本を参加させるべきだと述べている。「アメリカと日本はシックスアイズ・ネットワークに向けての真剣な努力を行うべきである」。これまでの「ファイブアイズ」とは、すぐに分かるように、いわゆるアングロ・サクソン系諸国の情報連携を図るものとなってきた。日本を入れるという彼らの提案については、日本もアングロ・サクソンになれると大喜びする親米派の外交評論家もいるだろうが、反対するアングロ・サクソン国や米国政府の部署や政治団体もあることが予想され、そう簡単に決まる話ではない。これは日本への「餌」である可能性もある。
もうひとつ、この報告書には、トランプ大統領が離脱したTPP(CPTPPあるいはTPP11)に復帰することを強く勧めている箇所があって、こちらのほうも注目を集めている。今度のTPP復帰提案は、これまでのアジア・環太平洋を中心とした多国間経済協定をつくろうというような話よりも、いかに中国と対抗していくかという論点がはなはだしく強くなっている。
「日米の経済およびテクノロジーの協力を深化させることは、日米同盟の基礎である」「アメリカ合衆国はCPTPPに参加して、日本とともに経済ルール形成のリーダーを務めていくべきである」「ワシントンと東京は、G7やAPECを通じて志を同じくする国々と連携をはかりながら、この任務を遂行することができるだろう」
アメリカが再参加するTPPは、まずファーウェイ排除の徹底が組み込まれており、次世代通信規格「5G」が話題になっているが、もうそんなレベルにはとどまらない。アジア・環太平洋を舞台にした、経済を看板にした米中勢力争いのひとつの戦場という性格が、強くなっていることは透けて見える。経済の問題が扱われるさいにも、最初から中国とのアジア・環太平洋の勢力争いが前提とされて、貿易問題と政治・軍事問題が取引されることも常態になってくるだろう。
日米を論じるさいに中国との対抗勢力形成を前提とするのは、いまに始まったわけではない。しかし、今回の報告書ほどあけすけに述べたのは、初めてといってよいかもしれない。それはひとえにTPPの構想が登場してきた当時に比べて、中国の存在感が何倍にも大きくなっていくと見なされているからだ。何倍といっているのは決して誇張や比喩でないことは、ここに掲げたGDPの予測グラフを見ていただければ分かるだろう(nikkeyより)。
オバマ大統領が横浜で開かれたAPECで、TPP構想を派手にぶち上げた2010年は、まだ、中国経済はアメリカがいまほど脅威に感じなくてもよい規模だった。それはTPPの提唱のさいに、将来的には中国の参加を歓迎するというニュアンスだったことでもわかる。しかし、かなりのハリボテとはいえ、15カ国が参加するRCEPを主導し、また、さらに広域のFTAAPでの優越に本気で取り組んでいる中国は、アメリカのグローバリズムの単なる享受国ではなくなった。
2010年から2020年までのあいだ、アメリカや中国の経済成長に比べて日本の成長は見劣りすることは明らかだ。これが「アベノミクス」が結局は「アベノマスク」で期待外れのまま終わったことの、当然の結果と受け止めるほかない(これも上のグラフを見れば一目瞭然だ。いまだにアベノミクスを称賛している人は正気とは思えない)。それにしても、いまも世界第3位のGDPを擁しているのだから、それなりの存在感を示すべきときに、RCEPについてもTPPについても、日本の政治的リーダーからほとんど何も明瞭な意思表示がなされないというのは、経済以上に日本の政治が劣化していることの表れというしかない。
これからのTPPをめぐる交渉は、つねに中国を仮想敵国として進められることが予想される。それは日本にとって有利だろうか不利だろうか。中国との現在の経済的関係という日本のアドバンテージを巧妙に使う意欲があれば、アメリカから何らかの妥協を引き出せるだろう。しかし、これまでのように防衛問題が出てきただけで、もう何も言えなくなるならば、アメリカの要求は大きくなるだけだ。いまの移行期こそ政府の動きしだいで日本の将来が決まるといえる。
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