新型コロナの第3波に備える(10)ワクチンへの幻滅が生み出す危機

たしかに新型コロナワクチンは3種類も治験をおえて、いまや実際に接種されようとしている。しかし、ワクチンができればそれですべてが解決でないことは、繰り返し専門家によって指摘されてきた。まだまだ、新型コロナとの闘いは続く。ところが、わが国の首相は、コロナ対策というのは、コロナは危険だという声からビジネスを防衛することだけだと、頭から信じているとしか思えないような姿勢をつづけている。

ここでいちど視野を世界に広げて、コロナとの闘いがどのような状況にあるのかを、見直してみる必要があるかもしれない。米外交誌フォーリンアフェアーズ電子版11月2日号に「ワクチンへの幻滅が生み出す危機」という論文が掲載されている。筆者はジョシュ・ミチャウドとジェン・キーツで、二人ともコロナのニュースでよくデータが引用されるジョンズ・ホプキンス大学の研究者である。

まず、彼らが述べようとしている結論から引用しておこう。「いまや新しいコロナワクチンがすでに使われようとしている。しかし、それはこれから数か月の間に、ただ使用されるようになるということでしかない」「ワクチンの開発は、実は、これからの長い旅の第一歩にすぎないのである」。

そして、それどころか彼らは、ある意味でこれからの旅のほうが、これまでの旅よりももっと厳しいものになることを指摘している。「ワクチンへの幻滅が広がることで、むしろパンデミックを長引かせる、マイナスの効果が生まれてしまうかもしれない」「したがって、各国の政府はワクチン接種について予想をたてるさいにも、また、国民の声に耳をすますさいにも、細心の注意を払わなくてはならない」。

まず、世界規模で見たときあきらかなのは、ワクチンが簡単に世界中に行き渡るわけではないということだ。有効性が90数%を達成しているファイザー=ビオンテックのワクチンは、これから12カ月間に製造される分の80%がすでに売り切れている。また、同じように有効性が90数%のモデルナのワクチンは100%納付先が決まっている。もちろん、その納付先とはすべて先進国にほかならない。それですら先進国の集団免疫が完成するわけではない。

もちろん、富裕国の協力をあおいで、低収入国へもワクチンを供給しようという、COVAXなどの組織も存在しているが、いまのところ米露はこの組織に参加していない。たとえ、バイデン次期大統領が、「コロナは風邪並み」といっていた前任者の方針を変更して参加したとしても、2021年末までに途上国の約20%のワクチンしか送り届けられないと予想されているという。

こうした途上国あるいは低収入国には、アストラゼネカのワクチンが低廉で輸送しやすいので大きな役割を果たすという見通しもある。同ワクチンはいまのところ有効性の数値が60%台といわれているが(接種の方法によっては高くなるというが)、それでも十分な効果があると専門家たちは考えているという。ただし、このアストラゼネカのワクチンを供給したとしても、効果の生まれる接種規模となるのは、2022年になってからだというのが現実なのである。

こうした富裕国と低収入国との間の国際的な格差の問題だけでなく、資金が調達できる国のなかにも、激しい摩擦が生まれることが予想される。まず、誰から接種を始めるのかという問題があって、これも不平等感を生み出す危険がある。いまのところ、健康弱者、高齢者、医療従事者からというのが案として提示されているが、これも、どういう構成で接種していくかは、まだ、ルールも論理も確立されていない。たとえば、医療従事者を先行した場合、そのワクチンの副作用が大きいと、医療体制が崩壊する危険があることを指摘する専門家もいる。

また、国内の都市部から始めるのか、郊外あるいは農村部から始めるのかで、接種に必要な資源が大きくかわってしまう。都市部のほうが政治的な圧力を持っているという点からすると、都市住民と農村住民の不平等が指摘されるだろう。また、逆に農村部がなぜ後回しにされるのかという事態をどう説明するかの問題もある。ここにはおそらく「容易さと公正さのトレードオフ」の問題が生まれてくるので、それを整合性のある形で決めて、国民に納得いくよう説明していかなくてはならない。

さらに、意外に思われる人もいるかもしれないが、実は、世界中のひとたちが何の抵抗もなくワクチンを受け入れているわけではない。それはコロナワクチンでも同じで、どちらかといえば途上国や独裁的な国のほうが接種を望む割合が高く、どちらかといえば民主制と言論の自由が尊重される国では接種を嫌う傾向がある。これは逆説的に聞こえるが、マスコミやソーシャルメディアの果たす役割を考えると納得のいくものだ。

これは私も何度か書いてきたが、たとえば日本はかなりワクチンを嫌う傾向が強く、あるデータでは「受け入れる」と答えた割合が30%程度というものすらある(上図:The Economistより)。最近の国際調査では69%が受け入れると述べており、これはロシアや中国よりずっと低く、ドイツと同じで64%のアメリカより高い(下図:読売新聞より)。こうした受け入れの態勢の違いも、ワクチン接種がうまく進展するかに影響してくるだろう。フランスなどは悲惨な事態が予想される。

この問題と関係しているが、先進国には「反ワクチン運動」がさかんなところがあり、日本もそうした国のひとつである。ここでは詳しくは触れないが、なかにはほとんど風説レベルの理由によってワクチン接種率が世界一低い分野もある。こうした反ワクチン運動の動向も、これからコロナワクチンにおいて何等かのトラブルが生じたとき、ワクチンへの期待は幻滅に変わり、反ワクチン運動が爆発的に広がるという危険も存在している。

繰り返すが、この論文のメッセージは「ワクチンができたからといって、コロナウイルスが消滅するわけではなく、日常生活での闘いはまだまだ続く。しかも、ワクチンの普及の途上で国際社会の貧富の問題が顕在化するのはもちろん、それぞれの国の内情にもよってきわめて困難な問題が生まれることが予想される」という警告なのである。

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