新型コロナの第3波に備える(2)トランプ大統領に投与された新薬とは何か

アメリカのトランプ大統領が新型コロナウイルスに感染した直後、世界の報道機関が沸き立って様々な視点から分析を始めた。なかには、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙10月2日付の「トランプが重篤化したらどうなるのか」という記事のように、感染が判明してから数時間しかたっていないのに、トランプがこれから示すであろう病状ごとに、アメリカの政治制度はどのように動いていくかを分析したものもある。

フランクフルターの予測のなかには「死去したらどうなる」という節もあって、「彼の副大統領マイク・ペンスが、ただちに大統領として宣誓することになる。ペンスは副大統領を指名することになるが、それは上院および下院の単純多数によって承認を受けることになるだろう」などといった調子で、アメリカの政治制度を細かく説明しつつ報じている。

しかし、簡単にこうした事態になるとは思えない人の方が多いはずである。医療制度はボロボロでも医療技術は先端にあるアメリカのトップクラスの医師団が、むざむざ自国の大統領を目の前で重篤にさせるとは想像しにくいからだ。何か思いもよらない新しい方法で、新型コロナからトランプを回復させるのではないだろうか。

この必然的に起こる興味に、ちゃんと応えている報道もある。たとえば、英国のザ・タイムズ紙10月3日付に掲載された、デヴィッド・チャーターとヘンリー・ゼフマンの「トランプ、病院に搬送される」は、冒頭の2段落目で「トランプは免疫システムを強化する実験的な抗体薬を投与された」と述べていて、多少とも免疫とか抗体に関心のある人を驚かしている。ほんとうに、そんな薬があるのだろうか。また、まだ実験段階なら副作用が大きい場合にどうする気なのか。

この記事は、トランプの主治医であるショーン・コンリー氏が、トランプ大統領がリジェネロン製薬で臨床試験中の二重抗体(dual antibody)薬を与えられ、また、亜鉛、ビタミンD、ファモチジン(胃潰瘍の治療薬)、メラトニン、アスピリンを飲んだと発表したとも伝えている。ということは、この抗体が免疫システムを強化すると考えていいのだろうか?

さらに、この記事は同じザ・タイムズに寄稿しているサイエンス・ライター、トム・ウィップル(多くの著作がある)の解説に従って、「トランプ大統領が投与されたのは、人工免疫の試験的な量」だと述べている。つまり、連続的に投与するかは分からないが、ともかく試しに投薬しているということなのだろう。

こうした試験的な投与は、もちろん危険を伴うものに違いない。「トランプ氏にこうしたものが注射されたということは、彼の身体が自分自身の防御を形成するまで、免疫を活性化することが期待されているわけである」。そして、次のようにも書いている。「この効果はまだ証明されたものではない。この処方は害になることはないにしても、効果があるという確かなエビデンスはないのである」。

しかし、考えてみればトランプというのは必ずしも健康的とは言えない。でっぷりと太っているし、年中興奮して叫んでいる。そもそも、彼は74歳なのだから新型コロナに対して危険な年齢に属している。もし、人工抗体を注入したという報道が本当ならば、これはリスクを承知の試みということになる(左の写真はThe Timesによる)。

すでに、病院に移ったのは夜に熱(高熱との説もある)がでたからとの報道もある。同記事は、最後に次のように述べている。「むしろいま問題になるのは、もしトランプの医師団がすでにこうしたエビデンスのない薬を使っているとするならば、大統領の状態は『いったいどれくらい悪いのか』ということではないだろうか」。

追記:上の文章を投稿してから数時間で、日本の報道機関が、さらにトランプ大統領に抗ウイルス薬のレムデシビルを投与したと報じた。このレムデシビルは周知のように、米ギリアド・サイエンス社の製品で、すでに日本でも厚生労働省によってコロナ治療への使用が認可されたものだ。臨床試験中の人工抗体薬を試験的に投与し、さらに比較的評価の高い抗ウイルス薬を投与したというわけである。とにかく、できることは何でもやろうというわけだろう。

追記2:大統領自らがビデオで現状を述べて、「これから数日間が試金石」であることがあきらかになった。リジェネロン社の二重抗体と書いた新薬の概要も、すでに欧米のマスコミによって報道されている。そうした報道のひとつAFPによれば、抗体カクテルと呼ばれるもので、臨床試験中の未承認のものであるという。こうした未承認薬の使用については、「他の代替療法では効果が得られなかった場合のみ」と指摘する専門家がおり、なかには「大統領をモルモット扱いしてはいけない」と疑問を呈する人もいるという。つまり、トランプの状態はこうしたものなのだということである(日本時間午前10時30分)。

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