TPPの現在(7)奇怪な日米貿易協定の政府試算
政府が10月18日に「日米貿易協定の経済効果分析(暫定値)」を発表した。すでに、ブログ「HatsugenToday」に「日米貿易協定で4兆円のGDP押し上げ?;ただの情報操作でしょう」を投稿しているが、重複をいとわずここでも問題点を指摘しておきたい。
何と言っても国民として恥ずかしくなるのは、経済交渉のなかでアメリカに冷たく拒否された自動車および自動車部品関税の撤廃が、すでに行なわれたとしてプラスに試算していることである。たしかに今回の試算には「暫定」がついているが、この関税撤廃はアメリカが「継続交渉」として事実上拒否したもので、ほとんど実現の可能性が立たないものだ。暫定だからといってこんなデタラメが許される筋のものではない。
安倍政権は野党やマスコミに「これは実現の見通しが立たないものを、あたかも実現したかのようにプラスの数値に入れているわけで、これはおかしい」と言われれば、安倍首相あたりが「いまのところは実現していませんが、交渉が継続しているわけでありまして、高い確率で実現すると、私どもは確信しております」などと答えるのだろう。
実は、この自動車および自動車部品の関税撤廃は、TPP12の交渉のさいにも、日本側が農産物など他の多くの分野で妥協するかわりに、当然のこととして実現されるはずだった。それをいったんはTPP12から離脱したアメリカが、TPP12の決定よりもさらに日本に不利な条件を押し付けてきたわけで、まったくの日本政府の交渉負けに他ならない。にもかかわらず、恥ずかしげもなく勝ち取ったプラスであるということにして、試算に入れてしまっているのだ。
もうひとつの大きな恥知らずは、国内の農業生産額が最大で1100億円減少するとしていることだが、この程度の数値ですむのかはなはだ疑問だといわねばならない。それというのも、トランプはアメリカ国内の農業生産者に向けて、「70億ドル(約7500億円)」の米農産物を、日本に売ることができると豪語しているからである。
この「70億ドル」はツイッター上でトランプが「つぶやいた」ものに過ぎないというかもしれないが、トランプのツイッターは「呟き」などではなく、これからの方針をぶち上げるためのツールに他ならない。しかも、今回の日米貿易協定は「継続交渉」が行なわれることが、アメリカ側から押し付けられてしまっている。つまり、この「70億ドル」はすべてが達成されないとしても、アメリカ政府の実現可能な努力目標として、米国内の農業生産者たちに提示されているということなのである。
しかも、この70億ドルというのが、どれほどとほうもない数字なのかということが、日本のマスコミには分かっていないようである。TPP12の交渉が終わりを迎えるころ、アメリカ農務省が発表したシミュレーションでは、この多国間協定で生まれる農産物の貿易のほぼ7割を日本が輸入することになっていた。その数値が58億ドルだった。
これはアメリカから日本への輸出だけでなく、日本以外の11カ国からの輸入すべての総計だった。このシミュレーションが発表されたとき、日本の農業関係者はいっせいに反発したものだったが、トランプ発言で感覚がマヒしてしまったのか、今回は農業団体からの抗議すらもほとんど聞かれなかった。「こんなのはトランプのフェイクだ」と思っていると、アメリカはこの数値をすでに提示した交渉目標値として、理不尽なことを言い出す可能性がある。
実は、農業に対する衝撃はこれだけではない。「時事ドットコム」から引用しておこう。
「来年1月1日の発行を目指す日米貿易協定では、牛・豚肉など関税を段階的に減らす品目が多いが、今回の暫定版では関税撤廃・削減が完了した時点での影響を弾いた。昨年末に発効した環太平洋連携協定(TPP:TPP11のこと〔東谷〕)による打撃を含めると、農業生産額は1200億~2000億円の減少になるという」(10月18日付)
さて、もうひとつあったはずである。いうまでもなく日欧EPAである。この日欧EPAで農業水産物生産額への影響は、政府の試算によると最大で1100億円減ということになる。ということは、すでに最大で3100億円の減少が見込まれるということになる。安倍政権はよくもつぎつぎと日本の農業への打撃を繰り返すものだ。
もうここらで国民全員が「おかしい」と声をあげないと、日本は何を言っても従うと判断して、アメリカは本気で7500億円分の農産物を押し込んでくるだろう。こういうのを国家の「農業政策」ということができるだろうか。そして、負けるだけのために行なう打ち合わせを「経済交渉」と呼ぶことができるだろうか。
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